芽生えた気持ちは帽子で隠して
お久しぶりです紗雪ロカです。本日11/29にコミカライズ2巻が発売となります!
それを記念して本編中の幕間を書いてみました(首都ミュゼルに呼び出され、ヒナコと対決した後です)
この一つ前の短編「悪魔の誘惑には勝てない」も描き下ろし漫画として収録されていますので、ぜひ店頭でお手に取って頂ければと思います。よろしくお願いします。
激動の裁判から一夜明け、無事無罪を勝ち取ることができたネリネは首都ミュゼルの宿屋で目を覚ました。
久しぶりに良く寝たと伸びをしながらベッドを降りる。着替えを済ませると、ドアをノックする音が響いた。
「おはようネリネ! 帰る前にちょっと街を見て回らないか?」
今日もバッチリ決めたクラウスは、晴れやかな笑みを浮かべてそこに立っていた。それをしばらく見上げていたネリネは、じりっ……と、下がると恐れたようにふるふると首を振る。
「だ、ダメですよ。遊びにきたわけじゃありませんし、外には新聞記者がいっぱいうろついてます」
「じゃあ、これならどうだい?」
「え? きゃあ!」
いきなり何かを被せられ、思わず目をつむる。おそるおそる触るとどうやらつばの広い帽子のようだった。花とリボンのあしらいがとても可愛らしく、姿見を見れば今の私服によく似合っている。思わず素直な感想が飛び出た。
「かわいい……どうしたんですか、これ」
「君に似合うと思って、昨日の内に買っておいたんだ。予想通りよく似合ってる、可愛い」
頬が熱くなるのを感じて、帽子の両側を掴んでギュッと引き下げる。確かにこれなら、灰色の髪も顔も、多少は目立たなくなるだろう。
「心配ごとが一つ片付いたお祝いだ、せっかくの機会だし少しぐらい羽を伸ばそう」
差し出された手を見たネリネは、少しだけほほ笑んで頷いた。
そういえばここに来る前、教会の食堂の机にとある物が置かれていた事を思い出す。
これ見よがしに置かれていた雑誌の表紙には「ミュゼル決定版!最新デートスポット10選☆」と書かれていて、ネリネは心の中で(何を呑気な)と、呆れたものだ。
けれども実際こうして街中を歩いてみれば、想像していた以上に楽しくて、心躍らせてしまっている自分がいる。
(デート……?)
その文言を思い出し、ぼふっと顔が赤くなる。慌てて首を振っていると、どこかに行っていたクラウスが何かを両手に路地まで戻ってくる。
「あれ、どうしたの」
「ななっ、なんでもないですっ」
「そう? はいどうぞ」
差し出された扇状のそれを受け取ると、どうやら食べ物のようで甘い香りがふわんと鼻腔をくすぐった。
「クレープって言うんだって、最近新しく売り始めたらしいよ」
頂きますと、一口頬張ったネリネはパッと顔を輝かせる。興奮したように緑の瞳を輝かせると子どものように報告をした。
「甘酸っぱくて美味しいです。フルーツがたくさんで、生地がもちもちして」
「うん、こっちも美味しい。ほら、ハムの切り落としが挟まれてる」
「え、そっちはデザートじゃないんですか?」
わいわいと感想を言い合う。それも一息つくと、ネリネは素直な笑みを浮かべてこう言った。
「誰かとこうして買い食いするなんて初めてです、なんだかドキドキしますね」
同じように微笑み返したクラウスは、ふいにこちらの肩に手をかけるとグイと自分の方へ引き寄せた。バクンと心臓が跳ねて固まっていると、すぐ近くの通りをバタバタと新聞記者らしき男が駆け抜けていく。
「……。危なかった、もう行ったかな」
「あ、ありがとうございます」
これ以上近いと鼓動が伝わってしまう。だが、離れようとしたところでクラウスはこちらの頬に手を伸ばしてきた。そのままネリネの口元についていたらしいホイップクリームを指で取ると、何の気なしにパクッと口に入れる。パッと笑うと朗らかに言ってのけた。
「本当だ、甘いね」
今度こそダメだった。ぷしゅ~と顔から火が出るほど赤くなったネリネは、帽子があって良かったと顔を隠しながら心底思ったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
アニメイトさんでご購入頂くと、こちらの話のイラストペーパーが特典として付いてきます。
(と、言うかデータ貰ってテンション上がった私が合わせて勝手に書きました)
数が限られていますので、ぜひお早めに。




