悪魔の誘惑には勝てない
令和6年6月6日は悪魔の日!だそうで
短いですが一場面書いてみましたのでよかったらどうぞ。
「あなたって本当、悪魔のくせに器用ですよね」
ある日の昼下がり、ネリネは食堂の椅子に座りながらどこか恨めしそうに呟いた。
その視線の先では、クラウスが器用にフライパンを返している。相手の返事を待つことなく、シスターは続けた。
「花の手入れは上手だし、苦手だった掃除もコツを掴んだらすぐにできてしまう、刺繍まで」
「昔から凝り性なところはあったからね、それにできることが増えるのは単純に楽しい……よっ、と」
宙を舞ったパンケーキを上手くキャッチすると、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
なんだか女として色々と負けているようで面白くない。向こうから見えていないのを確認してネリネは密かに口を尖らせた。どこか八つ当たり気味にもう一度呟く。
「悪魔のくせに」
「あはは、悪魔という言葉にも色々意味があるから褒めてくれているようにしか聞こえないなぁ」
いつものようにゆるく笑った悪魔は、皿に盛りつけた料理を二人分運んでくる。
「【悪魔のように】強い、【悪魔のように】魅力的だ--」
そうして目の前にコトンと置かれたのは、ふわふわに焼き上げられたスフレパンケーキだった。
2段重ねになっていて、雪原のような粉砂糖の上にたっぷりとしたホイップクリームとブルーベリー、それからミントが添えられている。
「【悪魔のような】やみつきの中毒性を召し上がれ」
ぐ、ぐぬぅぅ~~っと、目の前の誘惑を眩しそうに見やったネリネは、おそるおそるフォークを取った。切り分けた一口を頬張ると、パァァと顔が輝いていく。
「……」
目を閉じ味わってもぐもぐと咀嚼する。もう一口、もう一口。幸せそうに頬を染めて、まるで天使のおやつでも食べているかのようだ。
そんな光景をクラウスはニコニコと隣で見守っていた。視線に気づいたシスターはハッとしたように我に返るがもう遅い、キュッと眉を吊り上げながら半泣きで次々に口へと運んだ。
「卑怯です、おいしすぎますこんなの、止められるわけないじゃないですかぁぁ」
「依存性のあるものは入れてないよ」
「何ですか、私が快楽に弱いとでも言いたいんですか」
「人間を堕落させるのは楽しいなぁ」
「悪魔ー!」
結局、綺麗に完食してしまったネリネは少しだけ冷静になった。ぜいたく品をたらふくお腹に入れてしまった自己嫌悪で嘆く。
「うぅ、シスター失格です……太ってしまいます……」
「ネリネがこの世に1gでも増えてくれるならそれは喜ばしい事だね。おかわりあるよ」
いい笑顔で皿を掲げる男の頭と背に、悪魔の角と翼が見えたのは気のせいか。いや気のせいじゃない。わざとらしく出てる。
「悪魔……」
「はい、悪魔ですよ」
お決まりの返事をする余裕の態度が悔しい。
今度はこちらから仕返ししてやろう。一つ反撃を思いついたネリネはニヤリと笑ってフォークを構えた。
「そうはいきません、食べさせてあげますよ」
「え」
後日、「あーん」をしてもらいたいが為に、おやつを作る頻度が増えたとかなんとか。




