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【書籍化&コミカライズ】失格聖女の下克上~左遷先の悪魔な神父様になぜか溺愛されています~(web版)  作者: 紗雪ロカ
お知らせ/番外編

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汚れ=排除すべき敵?(書籍未収録エピソード)

※書籍版に入れようとしてページの関係でカットしたエピソードです(掲載許可済)

まだ警戒心バリバリの時期。

 ネリネは寝起きが非常に良い。起きると決めた時間まではキッチリと眠り、時が来れば目覚ましなど要らずにパチっと目が覚める。寝坊した事など記憶している限りは一度もないのが彼女の密かな自慢だった。


 そんな己の能力に絶対の自信を持っているからこそ、明け方にふと目を覚ましたその日は首を傾げた。カーテンの隙間から洩れる光量から察するに、いつもの起床時間よりもだいぶ早いようだ。


(何だろう、何か……)


 言い知れぬ胸騒ぎを覚えて上体を起こす。身構えた次の瞬間、ドォン……と凄まじい音が礼拝堂の方から聞こえてきた。続けてパラパラと天井からホコリが落ちてくる。


「なっ、何事ですか!」


 着替えもそこそこに、礼拝堂への扉を開け放つ。てっきり賊でも侵入したのかと思った彼女を出迎えたのは、まだ薄暗い中で雑巾片手に固まる神父の姿だった。その光景を見たネリネは一つ瞬く。彼の前の長椅子がおかしな具合にへしゃげていたからだ。


「あの、いったい何が?」


 本気で状況が分からなくて、いつも彼に話しかける時のむっつりした顔を作るのも忘れて素で尋ねてしまう。するとクラウスは照れをごまかす様に頭を掻いた。


「あ、あはは、ごめん起こしちゃったか。なんでもな――うわぁ!?」

「っ!」


 またも凄まじい音を立てて、彼が手を着いたところから長椅子が真っ二つに折れる。思わずネリネは身を竦めたが、床に倒れたクラウスは顔をしかめながら身を起こした。


「あいたた……うまく行かないなぁ」

「本当に何をしているんですか」


 呆れながら問いかけると、彼は叱られる直前の子供のように視線を逸らし雑巾を握りしめた。


「その、君が起きてくる前に、今日の掃除を済ませておこうと思ったんだけど……」

「え?」

「参ったな、やっぱり私は掃除がニガテみたいだ」


 肩を落としたクラウスはどこか諦めたようにため息をつく。


 何でも、汚れを『排除しよう』と思うと無意識の内に力が入ってしまうらしい。確かに掃除が苦手だとは言っていたが、まさかそんなパワー方面での理由だとは思わなかった。いくら人に成りすましているとは言え、その正体は恐ろしい力を秘めた人外なのだろう。


「掃除はわたしがすると言ったじゃないですか」


 これ以上破壊されてはたまらないと、ネリネはやんわりと諭す。だが急に真剣な顔をした悪魔は、まっすぐにこちらを見下ろしながらこう言った。


「だけど、今のままじゃ君の負担が大きすぎるじゃないか」


 意外な言葉に一度瞬く。確かに、今の教会はネリネが一切合切の生活を取り仕切っている。掃除、洗濯、炊事と全てをこなすと決めたのは自分なので、そこに文句を言うつもりは無いのだが……。


「当初は、私が食事を作るつもりだったんだ。だけど料理も洗濯も君がやると言って聞かないから……」


 しょげるクラウスの様子にうっと良心が咎める。だが、やはり悪魔が作る食事を体内に入れるのはどうしても抵抗があった。かと言って、洗濯を任せるのもちょっと……主に下着的な意味で。


 とはいえ、手伝おうとしてくれているその気持ちは単純に嬉しかった。しばらく言葉を探していたネリネは、そちらを見ないようにしながらぽつりぽつりと気持ちを言葉に表していく。


「別に、今の仕事を辛いと思ったことはないんですよ。できることが少しずつ増えていくのは、嬉しいことですし」

「でも……」


 散々言おうか躊躇った後、ネリネは礼の代わりにくるりと背を向けた。聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさでその一言を呟いてみる。


「……掃除ですが、村の子供たちを撫でるくらいの心構えでやってみては?」

「え?」

「朝食の準備がありますので、失礼します」


 それ以上つっこまれない様にと固い口調で会話を打ち切り、足早にその場を後にする。アドバイスとも取れるような事を言ってしまった件については自分でも軽く混乱していた。


(わたし、一体何を? でも掃除くらいなら悪魔にやらせても害は無いと思うから。そう、わたしは上手くアイツを利用しているだけ、それだけだから)


 そう自分に言い訳はしたものの、扉の陰に入った彼女は振り返ってコッソリと礼拝堂の中を覗いてみた。真剣な顔をした神父はおっかなびっくり雑巾を当てて動かしている。やがて力加減が分かったのが、嬉しそうにあちこちを拭き始めた。


「……なんですかその普通の人間みたいな反応は、調子が狂うじゃないですか」


 口を尖らせてその様子を見守っていたシスターは、ふつふつと弾みだす心を意識しないようにその場を後にした。口の端がむずむずと上向きになって来てしまうのを抑えるのが、困り者で仕方がなかった。


***


「なんて、事もありましたねぇ」

「おはようネリネ、ここの掃除は済ませておいたよ」


 あれからどれだけの時が過ぎただろう、すっかり掃除のコツを掴んだクラウスは爽やかに汗を拭いながらネリネを出迎えた。その輝く笑顔と同じくらい綺麗になっている辺りを見回して、ネリネは苦笑を浮かべた。


「あなた、意外と凝り性ですよね」

「?」


 嬉しそうに褒められるのを待っている彼をねぎらうため、今日の朝食は好きなオムレツにしてあげようとクスリと笑った。

【お知らせ】この度、ビーズログコミック様にてコミカライズして頂ける事になりました!

詳細は活動日報にて(6/5配信開始です)

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