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【書籍化&コミカライズ】失格聖女の下克上~左遷先の悪魔な神父様になぜか溺愛されています~(web版)  作者: 紗雪ロカ
後日談

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悪い子だ

 どういう話の流れでこうなったか分からないまま、ネリネは無意識に彼の手を掴んでいた。爆発してしまうのではと思うほどくらくらする頭で、その手を自らの口に導く。


(どうしてわたし、こんなはしたない事)


 これではまるで自分からねだっているようでは無いか。いや違う、あちらが教えてくれと言ったから仕方なく――それにしては口というのは言い訳のしようが無いのだが。

 ぞくぞくする中、顎に添えられた手でくっと持ち上げられるのを感じる。思わずギュッと目をつむったネリネはここまで来たのならと流れに身をゆだねることにした。だがいつまで待っても次のアクションが来ない。

 不安になって目を開けようとしたその時、まぶたに軽い感触を感じた。驚いて目を開けようとすると、手で視界を覆われてしまった。悲鳴を上げかけたその時、耳元で低い声が響く。


「どこでそんな技を覚えたんだ? ――悪い子だ」


 隠しきれない甘さを含んだ声は脳髄を直接撫で上げるようだった。

 今度こそ腰が抜けた。へなへなとその場に座り込むネリネには構わず、パッといつもの表情に戻ったクラウスは書類を手に取り足早に出て行ってしまう。


「書類、ありがとう。あんまり軽々しく男に距離を許すものじゃないぞ」


 唖然として見上げていたネリネはその言葉を処理しようとする。脳を一巡してようやく、からかわれたのだと分かった瞬間、頭を掻きむしりたくなった。


「~~~~っっ!!」


 その日の午後、シスターは生まれて初めてふて寝という名のストライキを決め込んだのである。


 ***


 そんな騒動があった日から数えて一週間ほど、ネリネは村の一角にある食事処にいた。

 通りに面したテラス席に腰かけた彼女の向かいには、薄茶色の髪をした見知らぬ男性が居る。身なりが良く、爽やかな好青年という言葉がぴったりの彼の肩を叩き、鋳掛屋のおかみは満面の笑顔で話を進めた。


「ま、ま、とりあえずお茶でもしながらね!」


 どうしてこうなった。ネリネは覚えたてのあいまいな笑みを返しながら焦っていた。


「こちらの方は隣町にお住まいのフーバーさん。ご実家を出て新しい事業を始める土地を探していらっしゃるそうよ。ホーセン村も候補の一つなんだとか」

「初めましてコルネリアさん、テオ・フーバーです」

「はじめ、まして」


 まさか本当にお見合い話が持ち込まれてくるとは……。本気だったらしい村の女たちが通りの向こうからこちらをチラチラと覗いているのが見える。

 こんな状況ではこの前のように逃げ出すわけにもいかない。彼女たちの面子を潰さないようにするには無難に話を合わせて――よし、その作戦でいこう。しばらく話していれば面白くない女だということが伝わるはずだ。そう決意したところでテオが控えめに申し出る。


「この村はいいところですね、よかったら案内してくれませんか?」


 ***


 後は若い二人だけで。と、言い残した仲人はそそくさとどこかへ(おそらくはそこらの物陰へと)消えていった。ほぼ初対面の男性と二人きりにさせられたネリネだったが、この場限りだと割り切る事にして歩き出す。


 ところが村の中を順当に案内してわかったのだが、このテオという男性、とても話しやすい上に聞き上手でもあり、意外にも会話が途切れることがなかった。覚悟していた気まずさを味わうこともなく、二人は南に広がる畑までやってきていた。


「案内してくれてありがとうコルネリアさん。……いや、ネリネさんと呼んでもいいですか? みんなそう呼んでいましたよね。可愛い愛称だ」

「ありがとうございます。亡くなった母がそう呼んでいたんです」


 少し緊張の緩んだネリネは、会話のキャッチボールをぎこちなくも返した。夕暮れの風が吹く中、お互いに少し微笑む。

 だが、ハッとしたシスターは急に自分の立場を思い出し、気まずそうに視線を逸らした。周囲にやじ馬の耳がないことを確認した後、自分の腕を掴みながら申し訳なさそうに切り出す。


「あの……こうなる前に村のおかみさん達から何か言われたかもしれませんけど」

「何かとは?」

「……わたしが結婚相手を探してるとか、お見合い話だとか、そういった話題です」


 カァと頬が熱くなるのを感じる。言葉がつかえてしまう前にさっさと言い切ってしまう事にした。


「もし、無理に引き合わされたのならこちらに気を使ってくれなくとも大丈夫ですからね。そちらから断って下さって構わないです、本当にお気になさらず」


 迷惑をおかけしてすみませんでした。と、小さく続けると、しばらくして困ったような独り言が聞こえてきた。


「参ったなぁ、そんなこと言うなんて、そんなに僕って女性から見て『ない』のかなぁ」


 予想外の言葉にえっ、と顔を上げる。ネリネは慌ててその勘違いを否定した。


「あ……そうじゃなくて、テオさんは優しいですしお話もうまくて、十分に素敵な男性だと――え、無理やりわたしと会ってくれって村の人たちから頼まれたんじゃ……?」

「確かに、いい子が居るから会ってくれとは頼まれました。だけど、僕としても生涯の伴侶としていい人がいればお近づきになりたいと考えていますよ」


 勘違いしていたことを知り急に恥ずかしくなる。焦ったネリネは、自分がいかに結婚相手に向いていないか力説しようとした。


「なら余計にわたしはやめておいた方がいいと思います。愛想がないですし家事は下手くそですし……それに、ご存じないかもしれませんが、わたしは聖女候補を降ろされた身でして」

「知っていますよ。それでも構いません。あなたの過去がどうであれ、今このホーセン村にいるのはネリネというただ一人の女性でしょう?」


 ドキンと鼓動が跳ねる。テオは嘘偽りのないまっすぐなまなざしでこちらを見つめていた。ゆっくりと確信に満ちた響きでこう続ける。


「あなたは自分に自信がないようですがとんでもない。少なくとも、僕はこの短い時間であなたをとても魅力的な女性だと思いました、奥ゆかしくて上品で……控えめに笑う姿に見惚れない男が居たらきっとそいつの目は節穴なんでしょうね」


 ざぁと吹きすさぶ風が髪をさらう。ここまでストレートな口説き文句を真っ向からぶつけられたのは初めての経験だった。カァと熱くなる頬を腕で隠しながら一歩引く。


「ほら、そういう仕草も可愛らしい。僕はあなたのことが知りたい。ここから始まる事もあるでしょう、せっかく出会えた関係をこの場で打ち切ってしまうのは何だかもったいない気がしませんか?」


 困惑してますます返す言葉がわからなくなってしまう。うろたえるネリネが手に取るように分かったのだろう。テオはそれまでの攻勢から一転、素早く身を引いた。


「すみません、怖がらせるつもりは無かったんです。今日この場でいきなり結婚してくれとかそういう話ではないので安心してください」

「……」


 この男は引き際を存分に見極めていた。ガチガチのネリネに向けて、彼は安心させるように微笑む。


「また、来てもいいですか? 今度は一週間後、まずは親しい友人として会って頂けると嬉しいです。では」


 踵を返したテオは村へと戻っていく。一人残されたネリネが動けたのは、物陰に隠れていた野次馬たちが飛びついて質問攻めにされてからだった。


 ***


 その日の夕飯はなんとなく気まずくて沈黙が下りる。とはいえ、先日のキス騒動からヘソを曲げたネリネは必要以上にクラウスに話しかけていなかったのだけど。


「お見合い相手とは上手くいったのかい?」


 だからこそ、唐突に尋ねられて飛び上がるほど驚いた。口に突っ込んだスープをゴフッと詰まらせる。激しく噎せた彼女は息も絶え絶えに水に手を伸ばした。


「な、なっ、」

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