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【書籍化&コミカライズ】失格聖女の下克上~左遷先の悪魔な神父様になぜか溺愛されています~(web版)  作者: 紗雪ロカ
本編

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18/44

首都ミュゼルの大聖堂

 クラウスの予測は的中した。あの激動の一夜から二週間、本部から呼び出しをされたネリネは首都ミュゼルの大聖堂の前に佇んでいた。


「ここから追放されて、まだ半年も経っていないんですよね……」


 複雑な表情で正門を見上げる彼女は、今日はシスター服ではなく私服を着ていた。白いブラウスにカーキ色のスカートという地味だが品のいいスタイルだ。

 返事は求めていなかったが、その隣にザッと立った『彼』は不敵に笑いながら言った。


「あぁ、そしてそれは、そっくりそのままあの女をのさばらせてしまった期間ということになるな」

「……」


 ネリネはその姿を一瞥して、この街に到着してから何度目になるか分からないため息をついた。なぜなら、クラウスは上下をビシッとスーツで決め、髪の毛を整髪料で撫でつけオールバックにしていたのである。田舎村の素朴な神父が、少し姿を消したかと思うと伊達男になって帰ってきた時の衝撃たるや……道行く女性たちからの奇異の目を感じて、ネリネは彼から一歩引いた。


「クラウス」

「何だい?」

「わたしたちは仮にも裁かれに来たんですよ、そんな気合いの入った格好はどうかと……」


 今回二人は、王子が心神喪失となってしまった事件の重要参考人として呼ばれた。つまりは容疑を掛けられているのだ。

 ところが神父は堂々と胸を張って、心外だとでも言わんばかりの顔をした。


「何を言う、戦いの場だぞ。恰好から威嚇しないでどうする」

「妖気で悪魔だとバレても知らないですからね」


 事実、彼からはタダ者ではないオーラがにじみ出ている。あまり目立ちたくないネリネは往来の黄色い声に押されてさらに一歩退いた。


 その後、二人は本部の正面アプローチを抜けて中庭に来た。いつもなら地方から礼拝に訪れる人たちで賑わっているのだが、今日は裁判が行われるため関係者以外は立ち入り禁止になっている。

 閑散とした場を抜けて、いよいよ聖堂に入ろうとしたところで頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。


「ノコノコ来ちゃってごくろーさま、カミサマに必死の祈りは捧げてきた?」


 小ばかにした声の持ち主はもちろんヒナコだった。正面玄関の上にあるテラスから、今日も清楚にセットした髪型と服装で頬杖をついてこちらを見降ろしている。

 ネリネがそれに答える前に、不愉快そうにフンと鼻を鳴らしたクラウスが返した。


「呼び出しに応じなければ職を解かれるからな、拒否権はないんだろう?」

「あれぇクラウスさん。今日はずいぶんと人に化けるのがお上手ですね~、神父をやめたらホストにでもなったらどうです?」


 きゃはっと笑うヒナコの言葉は、暗に今日の結末を匂わせていた。煌めく瞳で見下した彼女は続けてこう言った。


「あ、ここでヒナを攻撃しようとしても無駄ですよぉ。そんなことしたらすぐに悲鳴をあげてやるんだから」


 ギクッとして身体が強ばる。今、自分たちは彼女の妄言一つで現行犯逮捕される立場にあるということを改めて思い知らされたからだ。

 だが、ヒナコはネリネたちが公衆の面前の前でブザマに裁かれるのを望んでいるらしかった。手玉に取るのを楽しんでいるようにクスクスと笑う。


「裁判は全部ヒナの思い通り。もうぜーんぶ教皇さまに言いつけて根回しは済んでるの。新聞記者もたんまり呼び寄せてあるのよ」


 思わず怯みそうになってしまうネリネだったが、肩に手をポンと置かれる。見上げるとクラウスは自信たっぷりに挑戦的な目をヒナコに向けていた。


「ご覧ネリネ。聖女にしてはずいぶんとせせこましい小物が居るぞ」


 一瞬グッと詰まったヒナコだったが、すぐに鼻で笑うとドレスを翻した。


「裁判の後でもそんな余裕を見たいものですよ、お二人さん」


 そして最後に振り返ると、聖女とは程遠いしたり顔でニヤリと笑った。


「ねぇコルネリアちゃん。あたし前に居た世界では邪魔なヤツは徹底的に潰してきたの。あたしが願えば白も黒になる。アンタもそこの悪魔も、この国じゃもう生きていけなくしてやるから」


 その後ろ姿が消えた後、ネリネは無意識の内に肩に入っていた力を抜いた。自分を抱えるように左腕を握ると視線を落とす。


「……わたしたちは、竜の口の中に飛び込もうとしているのでしょうか」


 聖堂のぽっかりと開いた正面玄関がモンスターの口に見えてきて、ついそんな事を呟いてしまう。それに対して、クラウスはこう返してきた。


「だが、最大のダメージを叩きこむには敵の腹の中からが一番だと言う。悪魔語録にもそう書いてある」


 それを聞いたネリネは、ふっと笑って少し首を傾けた。呆れとも笑いともつかない声で冗談を返す。


「物騒なのか実践的なのかわかりませんね。その語録、こんど取り寄せて貰えます?」

「いいとも。魔界の本は凶暴だから私が読み聞かせしてやろう。ヤツら読もうとする読者の頭にかじりついて逆に知識を吸収するんだ」

「安易に知識は得られないって事ですね」


 ふふっと笑ったネリネとクラウスはカチリと視線が合う。急に真剣な顔をした二人は声のトーンを落とした。


「手紙の返事は返ってきたのか?」

「……『両方とも』返事は貰えませんでした。あの方は予想通りですけど、彼女は迷っているんだと思います」

「そうか……。まぁ無理強いはできない、保険程度に考えておこう」


 今回の作戦を立てたクラウスは、ひと筋ほつれてきた髪を撫でつけながら聖堂を見据える。ネリネの肩に手を置くと勇気づけるように一つ叩いた。


「心配しなくとも君は私が守る。その時はこの大聖堂ごと消し炭になっているだろうがな」

「そうならない事を祈るばかりです」


 目を閉じたネリネは手を祈りの形に組む。それを見下ろす悪魔はどこか面白そうに尋ねてきた。


「それは神に?」


 スッと目を開けたシスターは、聖堂を見上げ勇ましく言った。


「自分の勇気に、です」


 ***


 大聖堂はあの時と少しも変わっていなかった。空間全体が重々しく神聖な気に満ちていて、息苦しささえ感じる。ひんやりと冷たい石材で造られた内部は、月に一度教皇による説法も開かれるため大人数が収容できる構造になっている。中央あたりで仕切りの柵が設けられ、そこから後ろの傍聴席には教会に多額の出資をしている貴族家の顔がずらりとならんでいた。


「……」


 その中に養父のエーベルヴァイン卿を見つけ、脇の通路を歩いていたネリネは顔をしかめた。向こうもこちらに気が付いたのか鼻に皺を寄せにらみ付けて来る。

 彼の立場がその後、教会内でどうなったかは知らない。だが、自身の家から聖女を排出するという野望が断たれた怨みは全てこちらに向けられているようだ。ふいと顔をそらしたネリネは険しい顔のまま歩みを進める。


 貴族家の前列にはヒナコが呼び寄せたという大量の記者が入っていて、明日の朝刊の見出しを少しでもインパクトのあるものにしようと鼻息荒くペンを構えていた。


 そしていよいよ裁きの場へと立たされる。半周する腰ほどの高さの柵の中に入ったネリネは、両手を前で重ねて姿勢よく正面を見上げた。

 聖堂の前面は観衆と向かい合う二階構造になっている。上の段の中央には白いたっぷりとした布を纏う教皇が椅子に座っていた。落ち着いた様子の彼は無感情にこちらを見下ろしている。

 そしてその左、陽の差し込む位置にヒナコが居た。冷たくこちらを見下ろす彼女の前には、椅子にぐんにゃりとかけている男がいる。すっかりやつれ怯えた顔をしているジーク王子は、遅れて入ってきたクラウスの姿を見たのか、息をヒッと呑み膝を抱えブルブルと震え出した。


 役者はそろった。教皇が手にした錫杖をカーンと足元に打ち付ける。そのよく響く音を合図に裁判が開始された。


「ホーセン村教会付きのシスターコルネリア、神の御前に嘘偽りなく真実を話すと誓いますか」

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