呪装者との戦い③
一方、レイアースとエリオは。
「ねえ、どうする? レイアースちゃん」
「…………」
二人は、『汚泥』の中にいた。
エリオの『風』の力。空気を操る力を利用して空気そのものを固形化し、小さいながら部屋を作った。そこに二人で閉じ込められている状態である。
戦いが始まるなり、『汚泥』のジュミドロが周囲の汚水をレイアースたちにぶつけ、そのまま押しつぶそうとした……が、エリオの機転で『空気固定』を作り、こうして無事でいたのである。
だが、部屋から一歩も出ることはできない状態だ。
「まいったな。この汚泥、おそらく村全体を余裕で飲み込めるくらい広がってるね。能力は『泥化』で確定かな……大地を泥化し、自在に操る呪装備か。敵の位置は不明、もうボクらのこと死んだと思ってる可能性もゼロじゃない」
「……ここから、移動はできないのか?」
「できるけど、無策で移動するのは避けたいね。空気をかき集めて作った部屋だから呼吸の限界もある。部屋に穴を空けて、空気の噴射で移動はできるけど、泥の中で空気が無くなれば窒息する。ここがどの程度深いのか、上も下もわからない以上、下手な動きは命とり。瞬着して鎧状態ならいけるかもだけど……やっぱり、すぐ飛び出すのは危険だ」
「くそ……!!」
レイアースは歯噛みする……が、すぐに思い直した。
「そうだ。私の『女神軍勢』で、周囲を探ってみよう」
「いや……大丈夫なの? 軍勢は手数を増やすだけなら最高だけど、レイアースちゃん、第三解放に目覚めたばかりでしょ? 細かい操作とか」
「いける」
レイアースは、『光神器ルーチェ・デルソーレ』を抜く。
そして、静かに祈りをささげると、四体の白騎士が、光に包まれた状態で顕現した。
「よし、お前たち。この空気の部屋をつかんで移動することはできるな?」
白騎士たちは頷く。
よく見ると、デザインが違う。
一帯は一般的な鎧騎士。二体目は女性のように線が細く、三体目は重騎士、四体目は翼が大きな騎士だった。
「エリオ。ここでこうしていても意味はない。だったら、行動するだけだ」
「……そうだね」
白騎士たちは空気の部屋をつかみ、泥の中を移動し始めた。
エリオは思う。
(……おいおい。これだけのクオリティの『軍勢』を、第三解放に目覚めたばかりのレイアースちゃんが……? 才能ある子だとは思ってたけど、それだけじゃない気がしてきたぞ……それに、この白騎士たち、個々の能力が高すぎる。こんな、力の配分を変えて顕現させるなんて、団長でも難しいのに)
レイアースを見るが、疲労している感じはしない。
(……なーんか、この子は騎士の中でも特別な気がする。注意、警戒……いや、観察しないとね)
エリオはレイアースを見て、そんなことを思うのだった。
◇◇◇◇◇◇
泥の中を進むこと数十分、エリオは言う。
「間違いないね。どうやら村は、この泥の中に沈んだとみていい……まさか、村を一つ、丸ごと飲み込む呪装備とは」
「弱点はあるのか?」
「さっきも言ったけど、本体を倒すしかない。さっき、盛り上がった泥に目が現れたのを見ただろ? おそらく、本体は泥の中にある……見つけたら」
「全力の一撃を叩き込む、か」
「ああ。懸念もある……本体を倒したらこの泥はどうなるのか。力を使い果たしたボクらは泥から脱出できるのか」
「……そこは、賭けだな」
「分の悪い賭け、ね。やれやれ……団長にも内緒だったけど、出すしかないか」
「……出す?」
エリオは、空気の部屋の壁に手を触れると、壁を突き破って手を泥に触れさせた。
触れた瞬間、ジュウジュウと焼けるような痛みがエリオを襲う。
「ぐっ……!?」
「ば、馬鹿!! 何を」
「こうしないと、わからないこともあるんでね……!!」
エリオは、右手から魔力を噴出……周囲にばらまく。
そして、泥に紛れ込ませた魔力をたどり、違和感を探る。
「どこだ……」
脂汗を流し、泥に触れることで敵の命を、魔力を感じて探す。
そして、カッと目を見開き、ニヤリと微笑んだ。
「見つけた……レイアースちゃん、ここから左方向、距離四十!!」
「ひ、左……」
「細かい位置はボクが指示する。騎士を操作して移動するんだ」
「わ、わかった!!」
レイアースは騎士に命じ、エリオの指示で動かす。
そして、しばらく進んだ先に、まんまるとした泥の球体が蠢いているのが見えた。
『んあ!? な、なんでここに!? おま、しんだはずじゃ』
ジュミドロの声がした。
球体の泥が落ちると、そこにいたのはミミズだった。
巨大ミミズ。身体を丸めて泥で塗り固めたような形態をしていたが、泥が剝がれるとあまりにも気持ち悪い見た目に、レイアースは顔をしかめる。
『くっそが。しぶとい、しぶとい!! 溶けてなくなっちまえ!!』
ミミズの首には、ボロボロの鎖が巻き付いている。
それが呪装備である可能性が非常に高い。エリオは言う。
「さて、あいつを倒そうか」
「ああ。ここは私が……」
「ボクがやるよ──『瞬着』」
エメラルドグリーンの風がエリオを包み込むと、そこに現れたのは『鳥』だった。
緑色の、スタイリッシュな鎧だった。背中には翼が生え、脚は鳥のように細く、かぎ爪のようになっている。
初めて見るエリオの鎧形態に、レイアースは驚く。
そして、エリオは『エア・ストライク』を手にし、くるくる回して言う。
「レイアースちゃん。これ、内緒ね?」
エリオは、ナイフに魔力を込める……すると、ナイフが変化した。
手持ちのナイフが、風を纏って変形していく。
「第二魔装、『フリューゲルス』」
「……!!」
ナイフが、一本の長い『槍』へと変形し、さらに鎧の形状が変化した。
第二魔装。魔装、決戦技、女神軍勢の次に解放される、神器の奥義の一つ。
エリオは、すでに四つ目の奇跡に到達していた。
「レイアースちゃん。あいつを仕留めてくる」
「ま、待て、私も」
「いいから。キミはとどめ担当で。じゃあ……任せてよ」
エリオは空気の部屋から飛び出し、泥の中をのたうち回るミミズに向かって飛んで行った。
レイアースは見てわかった。いかに鎧の力があろうと、この泥の中では鎧もダメージを受ける。
短期決戦。エリオの狙いはそれだった。
「……私だって!!」
レイアースは、『光神器ルーチェ・デルソーレ』を強く握り……剣は、淡く発光するのだった。




