一服盛る話-前編-
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今日の天気は中も外も荒れ模様だ。天界にある自室の窓から外を見てシャルロッテはそんな事を考える。
「しゃるろってはん……ど、したら、そんな、色気が出せるんですか……ひぐっ」
すがるように腕の中で号泣する少女をさて、どう宥めたものかと目を閉じた。
話は五分前に遡る。泣き腫らし目元を真っ赤にしたニチカが自室に駆け込んできた時、シャルロッテは髪を梳かしている真っ最中だった。
名前を呼びながら飛び込んできた彼女を支え、そんな状態になった理由を支離滅裂な言葉の端からなんとか拾いつなぎ合わせる。
要約するとこうだ『恋人であるはずのオズワルドからの扱いが、とてもではないが彼女に対する物ではない』
あぁ、と、思わず納得してしまう程度には、かの人物をよく知っている。見なくとも手に取るようにわかる。
「たしかに私に色気はないけど……子供っぽいとか、気にしてるのに……」
くすんくすん、と泣き続ける少女に非はない。確かに実際の年齢より幼く見えるのは事実だが、身なりに気を使うなど彼女なりに努力しているのを知っている。
さて、あの愚弟にどうお灸をすえてやろうかと思案していたシャルロッテはある計画を思いつき、ニンマリと緑の瞳を細めた。
「わかったわ、アタシが何とかしてあげる」
「本当ですか? 私、シャルロッテさんに大人っぽく見えるメイクとか教わりたくて――」
んなもん要らん!とバッサリ切り捨てた魔女は、何やら戸棚から怪しげな小瓶を取り出し少女の目の前で振って見せた。ちゃぷりと中の液体が揺れる。
「古来より魔女道具と言えばこれ」
「何ですか?」
「ほ・れ・ぐ・す・り」
一字一句区切るように言ってやれば、少女は一度またたいた後、疑わし気な目でじぃっと小瓶を見つめた。その手の中に半ば無理やり押し込んで単純明快な解決方法を伝授する。
「もう一服盛って既成事実つくっちゃいなさい。一番手っ取り早いわ」
「既成事実って……そんな乱暴じゃなくて、私は大人っぽくなれる方法を」
乗り気ではない少女の耳元に口を寄せ、他に誰もいないと言うのにぐっと声のトーンを下げ囁きかける。
「それ、すごいわよぉ。情熱的に愛を囁くオズちゃんとか、見てみたくなぁい?」
「情熱的……?」
ごくりと喉を鳴らした少女を見て、グラつく心をさらに突っつく。
「もうね、ニチカちゃんしか見えなくなっちゃうの。あ、でも安心して、効果は一時的な物だから……その一時的っていうのが『すごい』んだけど」
悪魔の囁きで追い打ちする。魔女道具を取り扱う商売人シャルロッテの口上は、愛情に飢えていたニチカの心を的確に捉えた。
「普段ぜったいに口にしないような言葉とか簡単に引き出せるし、言質とっちゃうってのもアリね」
「言わせちゃえば、こっちのもの……?」
何も悪いことではない、言われるだけの立場であるはずなのだから。
十分に気持ちが傾いたのを確認した魔女は、満足そうに頷くと『選択の自由』という最後の後押しをしてやった。
「ま、使う使わないはニチカちゃんの自由よ。そういう選択肢もあるってことだけ覚えておいて」
***
(情熱的、普段ぜったいに言わないような愛の言葉……)
悶々と悩み続ける少女の前には、カップに入れた紅茶が二つと例の小瓶。一服盛る絶好の機会がこんなに早く回ってくるとは思わなかった。
秘密の取引から数えて二日、休みの日に師匠の家を訪ねると、徹夜明けで作業をしたオズワルドがのっそりと出てきた。シャワーを浴びて来るから茶は自分で淹れろと言われたのがつい先ほどの事。おあつらえ向きにウルフィは里帰りをしているらしい。
(薬を盛った事がバレたらどんな仕打ちを受けるか……でもちょっとくらいなら良くない? 普段の扱いがひどすぎるのよ。だけど――)
リスクと乙女心の間で揺れ動く気持ちが、小瓶を持ったり置かせたりする。最終的に、普段あれだけ余裕をかましている男に一泡吹かせてやりたいという気持ちが勝った。
(赤面するオズワルドが見てみたい!)
そうだ、まずは少量試してどの程度効果が出るのか確かめてから――
「あ」
思いがけずドバッと出てしまった小瓶の中身が、すべて紅茶の中に溶け込む。蓋、蓋がゆるっ……
「ニチカ?」
「ぱひゃーっ!?」
奇声を発する少女を、風呂上りの師匠は訝しげな顔で見やる。髪からぽたぽたと垂れる雫をタオルで拭いながら彼は眉をひそめた。ごまかすように慌ててその背中をリビングの方へ押しやる。
「な、なんでもないのっ、お茶いれたからそっちで飲もう!」
鋭い師匠に勘づかれては敵わない。ニチカはてきぱきと茶菓子を用意し、トレーに紅茶を移し替えて運び入れる。
(あ)
しかし師匠の前に紅茶を出す段階になって動きが止まる。……薬を入れたのは、どちらだった?
不自然に止まったニチカをオズワルドが不思議そうな顔で見る。いけない、気取られるわけには。
(確か、こっちだったような)
そうだ、左側のを手前に置いた気がする。間違いない、たぶん。
不確かであいまいな自信のまま、なるべく自然な動作に見えるようお茶を出す。一服盛る為のお茶会が始まった。
手土産で持ってきたサリューンのクッキーをつまみながら、めずらしく穏やかにオズワルドから話題が振られる。
「近頃は忙しいのか?」
「そうでもないよ。闇のマナもだいぶ散って来たし、私が直接出向くことも少なくなってきたかな。最近は書類整理ばっかりで」
師匠が紅茶のカップを持ち上げて緊張が走る。さぁグイッと
「――、」
ふと、動きを止めたオズワルドがカップを持ったままこちらに視線を向ける。つい凝視してしまっていたニチカは視線をクッキーに移す。バレたか?
「お前、今見てなかったか?」
「みてない、よ」
「? 変なヤツだな」
そう言いながら、カップをあおる。喉ぼとけが動いたのを確認した少女は思わず机の下で手を握りしめた。
(飲んだ!)




