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【電子書籍化&コミカライズ】婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。  作者: 里海慧
第二部 第二章 大地の神が認めた乙女

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6話 聖なる乙女

 ラティの毒物チェックを日課にしてから一週間が経った。この日は朝から国議があり、王太子である僕も出席しなければならない。


 朝食後のラティとふたりきりで過ごす時間を削るのは本当に不本意だったけれど、これも役目だと断腸の思いで愛しい婚約者を治癒室へ預けてきた。他の男が近寄らないように牽制くらいしないと、とても安心できない。少しだけやりすぎたかと思ったけれど、恥ずかしさで固まったラティがかわいかったのでよしとしよう。


 会議室へ入ると、反対派の貴族たちはどことなくソワソワしていて表情が明るい。どうやらあちらにはいいニュースがあったようだ。

 ここで国王が議会の開始を宣言し、いつも通りの退屈な問答が始まった。


「本日の予定は以上であったが、実はこの場で発表したいことがある」


 国王の言葉で僕はわずかに眉をひそめた。断定的な物言いに嫌な予感がする。


「先日報告のあった聖女ブリジットが、フィルレスの婚約者候補として決定した。今後はラティシアとブリジットのどちらが将来の王太子妃にふさわしいか見極めることになる」


 婚約者候補ね——国王が明言したということは、聖女を使って主導権を取り戻せるとでも思ったのか?

 愚かだな。大人しくしていれば、もうしばらくこのままでいたのに。


「すでに三大公爵にも認められたラティシアを婚約者から外すのなら、彼女以上の逸材だと証明できるのですか?」

「うむ、同じように試験を受けさせ判定してもらうつもりだ。判定員は公平を期して前回と別の人員を選定する」

「そうですか」


 呆れて言葉が続かない。本当に公平を期すというなら、前回と同じ審判(ジャッジ)にするべきだ。それにすでに三大公爵はラティを未来の王妃としても認めている。


 どう足掻いても無理だと思うけど、僕の動きを悟らせたくないし目眩しにはちょうどいいか。グレイとシアンもそろそろ情報を持ってくる頃だし、ラティには事前に話しておこう。


「まあ、ラティシアはしっかりと試験もパスしたので、試験に落ちた時点で婚約者候補から落選ということでよろしいですね?」

「当然だ。聖女ブリジットならそれくらい余裕であろう」

「では、ラティシアと同じか、それ以上の成果を上げてください。それができなければ試験を合格したと言えないでしょう」

「……よかろう。それで進めるよう手配する」


 自ら首を絞めていると気付かない国王は、ブリジットが簡単に合格できると信じて疑わない。それならもう少しだけこちらの都合のいいように誘導しておこう。


「それでは合格か否かの判定は、最後にまとめて発表するということでいかがでしょうか? それほど余裕であれば都度聞くだけ時間の無駄です」

「うむ、それもそうだな……では聖女ブリジットの判定結果は最終試験終了日にまとめて発表するものとする。それで進めるように」


 こうしていつもの質問を最後に、国議は終わった。


 ラティがどうやって合格したかも知らないのに、よくあんな約束ができるものだ。本当に相手が浅慮で助かる。


 そうして僕は、ラティのいる治癒室へと足早で向かった。




     * * *




「本日はご指名で診察されたいと伺いましたが、不調なところはどちらですか?」

「ごめんなさい、どうしてもラティシア様とふたりきりで話したかったのです。それにいつまでも勘違いされているのはお可哀想で……」


 私はあくまでも冷静に言葉を返した。フィル様からなにも話を聞いていないし、書面でも婚約者になったとサインを交わしている。


 国王陛下にも認めてもらっているはずなのに、聖女と名乗るブリジット様の言い分が正しいのか今の私には判断できない。


「今日は治癒士としてここにおりますので、ブリジット様が診察を受けられないのでしたら失礼いたします」

「まあ、困ったわ。わたしは話をしたいので、少しお付き合いくださいませ。ユニコーン」


 ブリジット様の言葉で先ほどから視界の中でチラついては消えていた銀色の影が、シャランと音を立てて七色の光を放ち、実態となって姿を現した。


 銀色の躯体は淡く発光し、シルバーの瞳が私を見つめていた。額からは螺旋状の角が生え、真っ直ぐに伸びている。それは大地の神と一緒に神話に登場する聖女を守る幻獣の姿だ。


 あの時、毒で倒れた時に見た幻覚——!?

 幻覚だと持っていたけれど、本当にそうだったのか? それとも、このユニコーンが姿を現したのか?


「ユニコーン、この部屋を結界で囲ってちょうだい。邪魔されたくないの」


 ユニコーンが大きく首を振ると、角の先から七色の光が走り部屋の壁を覆い尽くしていった。隅々まで七色の光が広がると、光は消えてもとの状態に戻る。


 ハッとして部屋から出ようとしても、透明な壁に阻まれて扉は開かない。


「ここから出してください。他の患者様の診察もあります」

「それでしたらこの王城からすぐに立ち去るとお約束いただけますか? きっとわたしがフィルレス様の新しい婚約者として発表されるのも、遠いことではございませんので」

「……約束はできません。私もフィル様と婚約について正式な書面でサインしています。そちらがある限り——」

「婚約は相手に瑕疵(かし)があれば破棄することもできますわ。離縁だってできる世の中ですもの、絶対なんてないでしょう?」


 ズキッと胸が痛んだ。


 それはつまり、私はまた婚約を破棄されるということなのだろうか。国王命令だとしたら、フィル様も私も逆らえない。やっと手に入れた幸せは、また私の手のひらからこぼれ落ちていくのかと考えたら、目の前が真っ暗になった。


 私の脳裏に、今朝別れたばかりのフィル様の笑顔が浮かぶ。


 そうだフィル様はあの時『では、また後でね。ラティ』と言っていた。今までもずっと誠実に真摯に向き合ってくれたフィル様の言葉を、私は信じる。

 誰にどんなことを言われても、私の中ではフィル様の言葉こそが真実なのだ。


「失礼ですが、ブリジット様の言葉には従えません。婚約者であるフィルレス殿下から直接言われるまでは、王城から出ていくこともありません」

「そう、ご理解いただけなくて残念だわ。ラティシア様が侯爵令嬢のわたしに逆らうなんて無謀だと思いますけれど」

「恐れ入りますが、爵位を持ち出されるならカールセン伯爵家の当主である私に、侯爵令嬢なだけのブリジット様が命令できるとお思いですか?」

「…………」


 ブリジット様は優雅な微笑みを浮かべていたけれど、ピクリと頬を引きつらせた。


 爵位だけで見れば、確かに伯爵より侯爵の方が立場が上だ。だけどそれは同じ当主として比べた場合の話だ。王族を除いて貴族の令嬢や令息より、爵位は下でも家名を背負う当主の方が立場は強い。


「ですが、わたしはこの世でたったひとりの聖女です。特別な存在だということは間違いない事実ですわ」

「……私は月の女神の末裔です」

「それは……苦し紛れの嘘にしてもひどいですよ」


 やっぱり信じてもらえないか……証明しろと言われても、怪我人がいなければ治癒魔法も使えないし。いや、怪我人がいなくても治癒魔法が好きな子たちがいたわね。


「では神竜に証明してもらいます。それでよろしいでしょうか?」

「できるのならどうぞ」

「バハムート」


 私がそう呼ぶと、一陣の風とともに銀翼の神竜が現れた。


《呼んだか、ラティシア》

「うん、私が月の女神の末裔だと証明したいのだけど、協力してくれる?」

《うむ、任せろ》


 バハムートは私の前でホバリングして空中で静止している。そっと両手を添えて、治癒魔法をかけた。


癒しの光(ルナヒール)


 白く淡い光がバハムートを包み込んで、幻想的な光景が広がる。他の人が使う治癒魔法ではこんな風に発光しないから、魔法を使うところを見ればわかってくれるかと考えた。光が収まりブリジット様に視線を向けるとポカンとした様子でこちらを見ている。


「これが月の女神の末裔だけが使える特殊な治癒魔法です」

「え……それだけですか? それでは証明したとは言えませんね」


 どうやら治癒魔法がどんなものか知らないブリジット様は、今の魔法を見てもわからなかったようだ。


「ではブリジット様にも治癒魔法をおかけして——」

「いいえ、わたしは結構です。どこも不調はございませんので」

「……ではそちらのユニコーンに魔法をかけてもよろしいですか?」

「そうですね、ユニコーンであればお好きにしてくださって構いません」


 バハムートを肩に乗せて、私はユニコーンの前に立つ。バハムートやフェンリルと同じ銀色の身体に銀色の瞳。ユニコーンも幻獣なのだと理解して、その鼻先に手を乗せた。


癒しの光(ルナヒール)

《……っ!》


 ユニコーンはわずかに反応を示した後、ゆっくりと瞳を閉じた。バハムートが気持ちよさそうに頭を擦り付けてくるのと同じ様子を見て、安堵する。だいぶ疲れが溜まっていたようで、しっかりと体力を回復して治癒魔法を終えた。


「どうかしら?」

《確かに月の女神の魔法に違いない》

「ふふ、ありがとう。貴方もあんまり無理しないでね」

「そんな、嘘よ……! わたしは認めな——」


 そんなやりとりをしていると、突如「バキンッ」となにかが折れた音がした。その直後バキバキバキッと結界にヒビが入り、粉々に砕け散っていく。



「ねえ、なにをしているの?」



 全身の毛が逆立つような鋭利で冷たい殺気が室内に充満する。

 すでにユニコーンの姿はなく、ブリジット様は真っ青な顔で身動きできなくなっていた。


 コツコツとゆっくりと響く足音が私の隣で止まり、いつものように優しく私を抱き寄せる。


「お前、僕のラティになにをした?」


 フィル様の空のように青い瞳は、冷酷無慈悲な光を孕みブリジット様を見つめた。





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