13話 悪女の慟哭
私がフィル様の寵愛を受けているという噂がアリステル公爵の耳にも入ったと聞いたのは、お茶会から一週間後のことだった。
「やっとお父様の耳にも入って、事実確認のためにわたくしのもとへ来ましたの。ですから悪態をつきながらおふたりの愛の深さをお伝えして、わたくしがフィル様に殺されそうになったとお話ししましたわ」
「それで、アリステル公爵はあきらめた?」
「うふふ、これ以上逆らえば本当に消されると気付いたらしく、項垂れておりました!」
「よかった! 第一関門突破ですね!」
本当によかった……あの時、心身を削った努力がこうして実になった。
しかし満面の笑みで父親の計画が頓挫したと語るイライザ様に、フィル様と同じ匂いを感じる。ふたりの話がポンポン進むのはそういうことかと、たった今理解した。せめて敵にならないようにしようと、心に決める。
「そうか、やっと理解してくれたんだね」
「おかげさまで、後はジルをわたくしの夫に認めさせるだけですわ」
「ジル様は護衛騎士ですよね? それなら剣の腕で認めてもらうのはいかがでしょうか?」
「そうだな、それなら僕にいい考えがある」
私とイライザ様の視線がフィル様に向く。うっすらと黒い笑みを浮かべて、腹黒王太子は計画を話しはじめた。
「僕が飼っているペットが役に立つと思うんだ」
「ペットがどう役に立つのですか?」
「ああ、見た目がゴツくて魔物みたいな奴なんだけど、誤解を受けるからこっそりと飼育しているんだ。これをうまく使ってジルベルトが活躍すれば、報奨としてイライザとの結婚を希望できるだろう」
見た目がゴツくて魔物みたいなペット……そんなのを飼っているなんて、さすが王族だ。確かに、バハムートの時にえらい騒ぎになったから、こっそりと飼うのはよくわかる。
「……なるほど。ですが小手先の三文芝居では父に通用しませんわ」
「それならペットとは主従契約を結んでいるから、僕が命令すれば本気で攻撃する。だがジルベルトなら、これくらい対処できるだろう?」
「当然ですわ。ではわたくしがラティシア様の判定試験のためと言って、ジルとお父様を連れて王城へまいります。緊迫感を出すために、わたくしもこれ以上の詳細を聞かない方がよろしいですね」
見目麗しいふたりが、ドス黒い笑顔で次々と計画を練っている。私は邪魔しないように、お高い茶葉を使った紅茶をすすっていた。
「うん、楽しみにしていて」
「ふふふ、存分に暴れさせてくださいませ。古竜さえ単独で倒すジルならば必ず制圧しますわ」
古竜といえば騎士団を引き連れて討伐するくらい危険な魔物だ。幻獣のバハムートと違って好戦的で、視界に入る動くものは餌とみなすから危険極まりない。
そんな魔物を単独で倒すとは、かなりの腕前だろう。
「ジルベルト様はお強いのですね」
「ええ、ジルはもともと冒険者になるために腕を磨いていたのですが、わたくしがスカウトしたのです。いつだって、あの逞しい背中に守られてきたのですわ」
「へえ、冒険者……そんな生き方もあるのですね」
私は治癒士としてやってきたけど、冒険者も自由がありそうだ。生活の保障はないけれど、いろいろな国を旅するのは楽しいだろうなと、想像を膨らませた。
「ラティは僕の婚約者だし、いずれ僕の妻になるんだよ」
「あはは、わかってます……ちょっと想像してみただけです」
「ふーん、ならいいけれど」
フィル様がすかさず現実に引き戻してくれる。せめて妄想くらいゆっくりとさせてほしい。
「ふふっ、相変わらずですのね。それでは、そろそろお暇しますわ」
立ち上がったイライザ様は、それは美しい微笑みを浮かべて執務室から去っていった。
あれから十日後、ついに第二の作戦の決行日がやってきた。
この日はイライザ様がジルベルト様を護衛にして王城までやってくる。私とフィル様は待ち合わせ兼現場になる予定の庭園の東屋で、先に待機していた。
「フィル様、いよいよ今日ですね」
「うん、もし怪我人が出たらラティに頼めるかな?」
「もちろんです! 治癒士こそが私の本分ですから!」
いつものようにお高い茶葉の紅茶をすすりながら、これまたお高いマドレーヌを口に頬張った。じっくりと味わって嚥下するタイミングで、イライザ様とジルベルト様、それからアリステル公爵様の姿が見えた。
その瞬間、雲が太陽を遮ったようにあたりが暗くなり、空気を切り裂くような悲鳴が上がる。
「うわあああ!! 魔物だ!! 魔物が出たぞ!!!!」
「きゃああ! た、助けてっ!!」
「なんだこの魔物は!?」
「ドラゴン……ドラゴンだっ!!」
ついに来た! フィル様のペットだ!
強い魔力を感じたので視線を向けると、ほんの十メートルほど上空に銀翼のドラゴンがいた。青い瞳でギロリと周囲を睨みつけ、大きな口を開けて咆哮をあげる。
「……………………え? バハムート?」
私の思考が完全に停止した。
見間違いかと思って、何度もまばたきしてみたけれど、間違いなく私の秘密の友人であるバハムートだ。
「うん、僕のペットだよ」
「はあ!? なんで!?」
「王城の中で不思議な魔力の気配があったから会ってみたら、ラティの友人だと言ったんだ。だからラティのそばにいたいなら僕と主従関係を結べと言ったんだよ?」
「どうして、いったいなぜ……!?!?」
いや、もう、なにから突っ込んでいいのかもわからない。そもそも幻獣と主従契約など結べるものなのか?
待て待て、論点はそこでいいのか? 私が持ち込んだ幻獣だとバレてる時点でマズいのではないだろうか?
そんな疑問を吹き飛ばす答えが、フィル様から発せられる。
「だってアイツは雄でしょう? 僕の命令に絶対服従するくらいでないと、心配でラティのそばに置いておけないよ」
それが理由……!? 雄だから? ねえ、雄だからダメだったの!?
久しぶりに絶望感に打ちひしがれた。
「嘘……唯一のオアシスが……」
「ほら、ラティ。イライザたちが行動するよ」
そうだ、今は絶望感に浸っている場合ではない。ジルベルト様がイライザ様の夫に認められるように尽力しなければ。すでにバハムートは目標をイライザ様たちに定めて、攻撃を仕掛けていた。
その場にいた貴族たちは逃げ出し、警備の騎士たちがドラゴンを倒せる猛者を連れてくるため走り回っている。人数を集めるのも多少時間がかかるはずなので、その間にケリをつけたいところだ。
私たちは騒ぎに便乗して、フィル様が幻惑の結界を張ってくれたので、周りからは姿が見えないようになっている。これでいざという時に、すぐに助けにいけるようにしていた。
余裕で古竜を倒せるジルベルト様の動きが、なんだかおかしい。どうやらアリステル公爵様が横から口を出して、行動を制限しているようだ。
本気で攻撃を仕掛けるバハムートは、今まで見たことがないくらい恐ろしい。ジリジリと嫌な汗が背中を伝った。
「ゔああああっ!!」
ついにジルベルト様が、バハムートの攻撃を受けてしまった。ふたりを庇って、バハムートが吐き出したブレスを正面から受けてしまったのだ。その場に倒れ込むジルバルト様を、イライザ様が泣き叫びながら抱きしめている。
私とフィル様も緊急事態に結界を解いて駆け寄った。
「っ!!!! ジルっ!!」
「イライザ、待て! アイツはもう助からん!!」
「嫌っ! そんなわけないわ!! ジルはこの国でも五本の指に入る騎士なのよ!」
「イライザ!!」
イライザ様とアリステル公爵が大声で怒鳴り合っている。バハムートはジルベルト様が放ったカウンター攻撃で動けなくなっていた。
「ジル! ねえ、起きてよジル!!」
「イラ……イザ……ごめ……」
ジルベルト様の掠れた声が僅かに聞こえたが、瞳は閉ざされてしまった。
「やだ……やだやだやだ!! ジル! わたくしは貴方がいないと嫌よ!!」
イライザ様の魂の慟哭に、私は足を止めた。
いつも勝ち気で、いつも自信たっぷりで、フィル様と互角に計略を練るイライザ様が泣き叫んでいる。
「ねえ、わたくしが本当に愛するのは、貴方だけなの!! お願い、目を開けて!!」
ジルベルト様の手がパタリと地面に落ちて、動かなくなった。
ハッと我に返り、素早く患者の状況を把握する。
バハムートのブレスは火炎系だった。魔法や打撃の防御結界は鎧にかかっていたけれど、ドラゴンブレスには効果がない。だからモロにダメージを受けている。
全身の七割を超える火傷、ところどころ皮膚が炭化している。もしかしたら、気道も炎でやられて呼吸もできない状態か。
——それなら、一刻の猶予もない。






