7.告げられる形―6
それは、余りに巨大過ぎた。
それは、余りにおぞましい形状をしていた。
覗いたのは人間のサイズの比ではない骸骨だった。ただし、やたらとおぞましい形状をしており、二つで収まるはずの眼孔は左右とその上下に二つの四つある。やたらと角ばった骨は異常なまでに鋭利で、触れただけで全てを両断してしまいそうだった。
「ギヒヒ……!!」
ギルバは口元から零れてしまいそうな涎を舐め上げ、そして、右手を伸ばす。何かを掴むように、手の届かない位置にある見えないなにかを奪い取るように。すると、ギルバの動きに連携して、頭上に出現した巨大な骸骨が動き出した。ギルバと同様、右手を、その骨で角ばった右手を伸ばしたのだ。
それは、ブチリ、と生き残りを叩き潰した。
余りに呆気なく、余りに切ない一瞬だった。
骸骨はそのまま、潰れてぐちゃぐちゃになった人間だった死体を拾い上げる。本来ならこの様な状態になる前に、光の粒子となってディヴァイドのサーバーに回収されるはずなのだが、どうしてか、この様な状態になってまで、その死体はここに在り続けたのだった。
骸骨に摘み上げられたその肉片は、鮮血を滴らせながら骸骨の口元へと運ばれる。そして、投入。剥き出しの刃がゴリゴリと肉、骨、と存在するありとあらゆるモノを噛み砕き、磨り潰している。そのすぐ真下で、ギルバも何かを、狂気を、噛み砕くように咀嚼する動作を見せる。
「たっくよォ。歯ごたえのねぇ奴しか出てこねぇじゃねぇか。つまらない大陸だねぇ、エルドラド大陸ってのも」
そう吐き出して、ギルバは唾を吐き捨てる。
それと同時、頭上の穴から上体だけ乗り出している骸骨も連動して動き、肉塊を、吐き出して飛ばした。その肉塊は地面に叩きつけられ、肉片を四散させた後、紫色に淀む光の粒子となってやっと、消滅したのだった。
その余りに儚い光景にギルバは思わず、舌打ちした。
そうして、ギルバは一つの軍隊を全滅にまで追い込んだのだ。余りに脆く、余りに手ごたえのない相手に対して、ギルバは本心、苛立ちを覚えていた。
これでは、足りない。これでは満たされない。ギルバは糸切り歯を剥き出しにして忌々しげに眉を顰め、最早影も形もない敵に憤怒の視線を叩きつける。
だが、最早意味はない、と暫くして気付き、右手を軽く振った。すると、ガントレットが一瞬だけ振動するように反応し――骸骨が上体を乗り出している穴の隙間から、真っ黒に淀んだ、無数の『手』が伸び、出現した。それは一瞬の内に骸骨へと掴みかかり、あっという間に捕縛した。手に掴まれた骸骨は最早ギルバとの連携した動き等みせず、ひたすらに暴れ、手による捕縛から逃れようともがくが、それは封印の如く意味がなく、骸骨は手に、穴の中へと引きずり込まれてしまうのだった。
骨が打ち合い、擦れる骸骨の悲痛な雄叫びが響くが、ギルバはそれを雑音程度にしか思っていない。
そうして、完全に骸骨が穴の中へと引きずり込まれた後、穴は自然に消滅した。水面の波紋の様な余韻が空間に残るが、それもあっという間に消え去り、その場には静寂だけが残った。
ギルバは詰まらなそうに、気だるそうに辺りを見回す。
見えてくるのは、自身が叩き潰すように破壊してきた街の残骸のみ。それ以外は、何一つない。生命は全て絶たれたのだ。動きはギルバ以外にない。
「ハァ、この程度、どうにかするくらいの相手が現れないかねぇ」
大そう詰まらなそうにそう吐き出して、ギルバは次の獲物を探して歩きだしたのだった。
「見たか?」
携帯の空中投影モニターを展開していたアギトとアヤナ。アギトのモノを可視化して、エルダもそれを覗き込んでいた。
アギトの問いに、エルダ、アヤナとが頷く。
三人が見ているのは、元老院最高官ヴェラから送られてきたメールだ。
内容は、元老院右席プライドが裏切った、という事。挙句、アクセスキーを装備し、ギルバの情報もプライドが意図的にアギトに突きつけた罠だ、という事。
展開していたモニターを閉じ、アギトは溜息を吐き出した。アギトのモニターを覗いて隣にいたエルダが彼を見上げ、問う。
「どうするの? 罠だったみたいだけど?」
「どうするって、俺達以外に止める人間がいないなら、行くしかねぇだろ。もう既に数十の軍隊に部隊がアイツ一人に滅ぼされてるみたいだしな」
「そんな馬鹿みたいな力があるのね……」
アヤナの呆れる様な呟きで、アギトは確かにな、と頷くのだった。
アギトのアクセスキーはフレミアの最高傑作だ。ルヴィディアのモノとは別のベクトルにしろ、確かに相等な力を持っている。だが、今世界に拡散されているギルバの暴君ぶりを見れば、本当にアギトの手にあるそれが最高傑作なのか、と疑ってしまいそうになる。
事前に手に入れる事の出来た情報は、ガントレット状の何かを装備していて、そこから空間をひずませる力を発し、何かを出現させ、その力を振るって大暴れしている、という事のみ。
今まで見てきたアクセスキーからは想像も出来ないような力だ。
(一体、どんな力を使ってるってんだ。ギルバ……)




