6.女尊男卑の国―6
そのアギトの姿に、一同騒然とせざるを得なかった。喧騒とはまた違う、恐怖を巻き上げる様な騒音が辺りに浸透する。慄き、思わず身を引いてしまう。
「さぁて、どうするよ? これは脅しだ。言っただろ?」
得意げな笑みを浮かべたアギトは、アヤナのアクセスキーを下ろして、一歩、脅す様に連中に迫る。迫った。すると、構えていた連中一同、一歩、アギトとの距離を均等に保つかの如く身を引いた。ソレ程に、アギトの威圧感は凄かったのだろう。あれだけ興趣の笑みを浮かべていたスカーエフでさえ、笑みを消して自然と身体を震わせている。これが、恐怖だ。
「ッ!! じゃ、じゃあ……」
吐息にも似た言葉を吐き出したスカーエフは、そこで、他の者とは逆に、一歩、勇気を振り絞って踏み出した。
して、
「君のアクセスキー、返すよ」
言った。
「はぁ?」
アギトは怪訝な表情を浮かべる。アギトからは、スカーエフの背後で驚愕して、スカーエフに視線を投げているアイリンの姿が見えている。
当然だ。アイリンはこの時をずっと待ちわびて、スカーエフの忠実な僕として働いてきた。ただ、アクセスキーを手に入れるためだけに。それが、この様だ。裏切られた、アイリンは率直にそう感じ、思った。自身さえよければよいのか、そう、叫びたかった。
だが、今までの『飼い犬精神』が根付いてしまったか、アイリンはそこから先、一歩たりとも踏み出す事は出来なかったのである。
「そ、そんなッ!!」
今まで冷静な、怜悧な雰囲気を保ち続けていたアイリンも限界を迎えたのか、それとも、耐えつつも解き放ったのか、大音声でそう叫んだ。だが、スカーエフは聞かない。アギトに畏怖し、アギトに取り入れようと必死になっているその様は、アイリンから見て、ホープ以上に無様な姿であった。
「な、なぁ……、返すから……どうだい? 一緒に手を組んで世界を支配しないか? 一つの部隊に三つのアクセスキー、こんな最強の部隊他にはないよ?」
冷や汗を垂れ流しながら、スカーエフは必死に問う。だが、アギトの表情は一向に変化を見せない。ただ、訝り、スカーエフを睨む様な鋭利な目で見つめている。
そして、嘆息。その嘆息にスカーエフは一瞬、身を震わせた。
「仲間になりたいってなら止めないし、まともだったら受け入れてやる」
「じゃ、じゃあ……!?」
スカーエフの瞳が燦燦と煌いた。だが、
「エルダのアクセスキーも返してもらうぞ。俺はエルダを仲間にしに、態々ガンマまで来たってんだ」
そのアギトの宣言に、辺りはまた喧騒を生み出した。
「そ、そんな……」
言葉に、スカーエフの表情が落ち込む。一瞬にして移り変わるその表情はスコールのようだ。
嘆息の後に、アギトは吐き出す。
「どうする? 返還するってなら、仲間になっても良いし。人を殺さなくてもいいって」
「そ、それは……」
スカーエフはアイリンを売った。だが、自身の事となると躊躇いを見せる。その事、その姿にアイリン、そしてスカーエフの内に入った連中は、思わずドン引いた。まさか、自身が信じて付いてきた人が、こんなにも卑怯な人だ、なんて、恐れ戦いた。辟易にもにた態度を取ってしまう。
が、そんな連中の事も忘れて、スカーエフはワナワナと振るえ出した。自身のアクセスキーを渡して安全を確保するか、それとも、自身の『力』の保身を考えるか、スカーエフは悩んでいた。
そして、数秒の後、
「こ、……殺す。殺す……!! 全員、戦闘だッ!」
スカーエフは爆発した。それまでアギトに畏怖し、スカーエフに疑念を抱いていた連中も、その言葉には反応をみせ、全員が、動き出した。長年部下として務めてきた連中は、すぐには気が抜けなかったらしい。即座にスカーエフの言葉に反応し、床を蹴って駆け出した。二○の大群が一斉にサーベルを掲げ、アギトへと向かってきたのだ。足音が乱雑に反響し、エントランスホール内に響く。
アギトは連中が到達するまでに、景色を一瞥し、連中の様子を確認した。
して、アギトは嘆息と共に吐き出す。
「余裕」
連中は考えなしに一斉に襲い掛かってくる。半円状の体勢を維持し、そのまま収縮するように集まってくる。
そんな連中を――アギトは一閃で薙ぎ払う。
巨大な鎌での振り切る横一閃。鋭利な、空を斬るスライス音が一瞬のみ、炸裂した。
同時、アギトの眼前に迫っていた二○名程のアマゾネス部隊の連中が――真っ二つになった。上下真っ二つに切り裂かれた連中は飛びかかる姿勢のまま、光の粒子へと還元され、空気中に溶ける様にして消滅する。アギトが手にしているのはアヤナのアクセスキーだ。故に、人は死なない。
その、人が死なない、という光景にも驚いたか、スカーエフは後ずさる。
「な、何がどうなってる……!?」
して、吐き出した。
あっという間に、場は沈静化する。残っているは、スカーエフ、アイリン、そして、ホープ、エルモアを押さえ込んでいる元居た半分のみである。その場にいた全員が、動けなくなった。あの数を一瞬で始末する事が出来る人間が、そこにはいるのだ、と誰もが恐れ慄いた。
そして、嘆息。もう、この場に来て何回目か数えることも億劫になりそうな程に吐き出した嘆息。
視線を持ち上げて、スカーエフを睨み、今度こそ、『本気』の口調で突き刺す。
「さて、返すんだ。返さないってなら、力尽くで取り返すが?」
言葉は宙を舞う。アギトはそんな事を言いながらも、既に、駆け出していた。床を蹴り、疾駆。一瞬にしてスカーエフへと詰め寄る。その姿は、既に巨大な鎌を振り上げた姿。
「ひっ、」
アギトの眼下で、スカーエフの小さな悲鳴が漏れる。
して、振り落とされる巨大な刃。
スカーエフは反撃する事も忘れず、両手を頭上に持っていって、情けなくも防御の体制を取った。どちらにせよ、エルダのアクセスキーは攻撃特化の物であり、防御には至れないのだが。
――だが、アギトの振るった刃は空を切った。それは、アギトの手中からアヤナのアクセスキーが消えたという事実である。当然、スカーエフは反応出来ない。そして、その事実に気付く事に数秒も要し、そして――、
「確かに、返して貰ったぜ」
スカーエフの手から、アギトはエルダのアクセスキーを奪い取っていた。
「あ、」
スカーエフはやっとその事実に気付くが、時は既に遅い。
見れば、アギトの手には先程まであったはずの巨大な鎌の形を取ったアクセスキーはなく、その変わりに、小さなハンドアックスが握られている。そして、アギトは背後を振り向くこともなく、それを――放り投げた。
それを受け取るのが――エルダだ。
アクセスキーを受け取ったエルダは自身のアクセスキーを見詰めながら、
「うわ、本当に取り返しちゃったよ……」
感慨深そうに、ただ、そう、呟いたのだった。
「アギトはやる男だからね」
そして、エルダの隣で、先程までアギトが使っていたアクセスキーを肩に担ぐ小さな白い影。当然、それは、アヤナだ。アヤナはエルダの手中に収まったハンドアックスの形をしたアクセスキーを眺めながら、ニヤニヤとした浮ついた笑みを浮かべて、そんな調子づいた言葉を吐き出していた。
アギトは二人には目もくれず、そのまま、スカーエフの後方、僅かに下がった位置にいるアイリンへと視線を向ける。その表情には余裕を感じる事の出来る笑みが浮かんでいた。
アギトはただ、右の手を差し出すように伸ばして、
「返せよ。見て分かっただろ? お前達じゃ、アクセスキーを使いこなせない。それに、アクセスキーはフレミアに選ばれた人間だけが使う事の出来る武器であり、鍵なんだ」
アギトは、口角を吊り上げた。




