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5.理想郷へ―4


 刀の形を取ったアクセスキーを片手に、アギトはオバケの様なバケモノへと真っ直ぐに向かった。すると、バケモノは鉈を打ち合わせるのを止め、視線を下ろしてアギトと向かい合った。して、両手に掲げた鉈を同時に振り下ろす。それは、一直線に、タイミング良く向かってきたアギトの頭上へと降りかかってきた。

 だが、その攻撃は余りに単調過ぎた。

 真っ向から向かうアギトにとってその一撃は交わすにすら値しない。

 バケモノの懐に入り込んだアギトはアクセスキーを両手で握り、頭上に横に構えた。そして、そこに墜ちてくる二つの線を描く縦の攻撃。刃と刃が衝突し、耳障りな衝突音が響く。そして、そこに、アヤナが飛び込む。

 アギトに攻撃を受止められ、鍔迫り合いとなって隙を生んだバケモノの横を通り過ぎるようなアヤナの痛打。巨大な鎌の刃は振り切られ、バケモノの脇腹を切り裂いて過ぎる。気付けば、アヤナとアギトのコンビネーションは息ぴったりに合っていたのだ。アギト自身が攻撃を受止めたのも、それを理解して故の行動だったのだろう。

 バケモノはアギトに掛けていた全体重を抜いて、不気味な呻き声を上げながらアギトの目の前でズルリと地に滑るように落ちた。

「流石だな」

 墜ちたバケモノには目もくれず、アクセスキーを柄状に戻したアギトがアヤナに一言評価を置く。一応に『アヤナに戦いを指導する立場』に自身が居ることをわきまえているのだ。アギトは表情に出しはせずとも、素直にアヤナを褒めたのだった。

「ふふん。当然よ」

 アクセスキーを消失させたアヤナは得意げに笑んでそんな事を言ってのけた。そして、振り返ってアギトへと向き直って、気付く。

「ア、アギト……、『ソレ』」

 アヤナは言いながら、アギトの足元を指差して急に、突然表情を歪めた。アヤナのそのおびえるような表情にアギトは驚きつつも、アヤナの指差す先を辿る様にして視線を下ろして確認した。するとソコには、未だ蠢くバケモノのその姿があった。そして、何よりアギトを驚かせたのは、そのバケモノの斬られた脇腹から零れ落ちる臓物だ。その外見からは想像も付かない肉々しい色をした、ディヴァイドでは『実物』を見る事のないその内臓。

「ッ……!! どうなってやがる」

 アギトはそれを見て、特別気持ち悪く思う事はなかったが、恐怖を感じる程に恐ろしく感じはしたのだった。

「うぁ、あぁあああ……」

 バケモノは息を持っている。おぞましくも、聞けば儚い呻き超えを上げながらアギトの右足首に手を伸ばし、掴んだ。その光景は、まるで縋るような姿で、アギトはそこに戦慄をも感じたのだ。

「ッ、くそったれが! 死ね!」

 小さすぎる悲鳴を口内で溶かしてから、アギトは再びアクセスキーを刀へと変化させ、振るった。突き立てた。刺した。足元のバケモノを粉砕してやろうと、だ。アギトが刀を振るってバケモノのその肉体を切り刻むと、バケモノからは悲鳴が上がる。金切り声の様なそれはやたらと響いた。静謐だった場はバケモノのそれによって、荒れた光景へと変貌する。屹立する山々にその声は反響し、こだました。

 アギトの足首を掴む手は一瞬、力が込められた。

(なんだこの現実リアル感は……ッ!?)

 そうして、バケモノが動かなくなり、紫色の淀んだ粒子となって消え去ったのは数分後となった。アギトはバケモノがいた跡を数秒間ジッと見詰め、そうしてやっと、という所でアクセスキーを柄状へと戻し、エラーを閉じたのだった。

「なんかすごかったね」

 隣に立ったアヤナは苦虫を噛み潰したかの様な表情でそんな事を嫌そうに吐き出した。

「つーかよ。ディヴァイドでも内臓のエフェクトがあるなんて聞いた事ねぇっての」

 額に滲んだ『嫌な』汗を腕で拭ってアギトは溜息と共に吐き出した。

 この世界ディヴァイドは全てがコンピュータ演算による仮想として作られた世界であり、人が死ねば粒子へと変換され、再構築され、部位欠損してもいずれは補われる(方法は様々であるが)様な世界だ。そんな世界で人間の内臓を構築する理由はない。内臓の役割を持たせたデータを構築し、プログラムを組んで現実に電気信号として伝え、脳に食事をしたという設定を埋め込めば済む。だから、当然内臓の表現なんて今までなかった。戦場に出てきたアギトだから言える事だが、確かに今まではなかった。ある、必要がないのだから当然だ。だが、今、確かにソレをアギトは見た。確認を取りはしないが、アヤナも見ていた。

(どういう事だ……?)

 アギトは疑問に思いつつも、考えていてもしかたない、とすぐに割り切って、

「さて、と。バスも居なくなっちまったし……歩いてデルタへと向かうか」

 アクセスキーを腰のベルトに戻して、退屈そうに言った。そんなアギトの心中を察してか、アヤナもそれには素直に頷いたのだった。

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