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3.永久の名を謳う規律―2


 そして、なんとか呼吸を整えようとするアギト達の背後に、

「そん……な……、」

 複数の、だが、心寂しく思える程に少ない足音が近づく。振り返れば、そこにはクロムと十数名のコロロギ村の村民の姿。数えれば、男六名、女八名、子ども三名しかいない。

 もし、この場にいる住民がコロロギ村の全住民である事を祈りたい程だった。だが、アギトにはその希望は見えない。

 住民の殆どが、炎の海となったコロロギ村の跡を見て、涙を流し、誰かの名前を叫び、物を思い出し、刹那、叫ぶ。泣き叫ぶ。泣きじゃくる。この光景のどこに救いがあろうか。コロロギ村も、アギト達がいるこの場も、恐ろしい光景の他ではなかった。

「…………、」

 アギトは何も言えなかった。アヤナも同様。肩越しに振り返り、呆然としているクロムに一瞥くれるだけくれて、視線は足元に戻す。呼吸は落ち着かない。波の様に荒れ狂うだけだ。鬱の人間が考えを変えない様、気持ちが揺るぎっぱなしで、申し訳なさが浸透し続けていて、罪悪感に、悔いは犇き、呼吸すら戻せない。電脳世界ディヴァイドではデフォルトが設定されてるはずだ。変動のある、乱数のある世界で基準がないはずがない。なのに、だが、しかし、アギトの心中は揺れ、呼吸は安定しない。

 くっそ、と小さく吐き捨てて、アギトは瞼を閉じた。忌々しげに、糸切り歯を剥き出しにして、歯を食いしばった。

「あ、あの……、その……、あの、えと、」

 アヤナが必死に言葉を探し、クロムに、住民に声を、励ましの声を掛けてやろうとするが、何一つ言葉は出てきやしなかった。それに、届いてもいないようである。どちらにせよ、厭う必要もなく、届かず、送れずだ。

「そんな……、ありえない……こんな、一瞬で……?」

 クロムは吐息を吐き出す様に、自然に言葉を漏らし、業火の光景の眼前で膝を落とした。

 誰一人として、救われない、この光景、状況に、絶望以外が生まれやしなかった。




「――以上が、現状、そして、先程起こった、事実です」

 アギト、アヤナ、クロム、そして生き残った数十名のコロロギ村の村民は迫り来る障壁から逃げる様に東に移動。首都から外れた、あの、レジスタンスの繁華街の隣の町まで避難し、そこで適当な廃墟に侵入。アギトが今、現状と、あの僅かな時間で起きた漆黒の龍の残虐さを口頭で丁寧に説明し終えたところだ。

 が、その話を真摯に聞いていたのはクロム一人である。クロムは気をなんとか持ち、村長としての責任を感じてか、凛とした姿勢を保つ事ができたが、他は、別世界だ。

 生き残った村民達は、泣きじゃくる子どもをあやし、戻らない友人の名を口に乗せ、再び襲いくるバケモノの恐怖に身を震わせ、億劫になり、何を逆上してか苛立ちを見せる。

「オイ! なんだ、ソレ。ふざけんな!」

 生き残りが吼える。誰に、アギト、アヤナ、クロムに。

 傍若無人だ。弱者は時に強者、もしくは、立場が上にある人間にあたる。それが、今の傍若無人。

 上の三人は言葉に反応して視線を言葉の主の彼へと視線をやる。スキンヘッドの男だ。恐らく、職業は狩人、服装はクロムと似ている。

 アギトの冷酷、アヤナの億劫、クロムの後悔の、三種の視線が彼に投げられる。

 クロムは当然、悔いていた。責め苛んでいた。あの時、アギトに声を掛けられた時点で避難を勧めていれば、もっと村民を救えていたのではないか、何故、自身はアギトの本気の懇願を素直に頷いて聞けなかったのか。

 経験の差がある。村に篭っていたクロム、そして住民達と、エラーを閉じて周っていた、そして元老院なんかとも接触したアギトとでは経験の差がある。当然である。

「お前等がなんとかするんじゃねぇのかよ! えぇ!? それに、クロム、お前はもっと早く判断できてたんじゃねぇのか!!」

 彼は吼える。どこまでも、声を響かせる。

 対してクロムは押し黙る。彼の言葉そのままの心中であり、クロムは言い返せない。だが、アギトは別だ。

「あ? だったら、お前は、ビルよりもデカイ、空飛ぶバケモノに打ち勝てるってか? それに、クロムさんに非はねぇだろうが、あたるんじゃねぇ。皆、悲しいんだっての。当然、俺も、アヤナもな」

 言うだけ言って、アギトは彼を睨み付ける。だから、黙れ。そういった脅しが、彼に突き刺さる。

「うっ……、」

 アギトの視線はソレだけで彼を射殺す。傭兵として、蘇れど人を殺してきた身だ。その殺気は田舎に引きこもっていた人間には、おぞまし過ぎる。

 彼はアギトの視線、言葉の呑まれる様に押し黙り、どこに投げればいいのか分からない苛立ちをコンクリートの壁にぶつけて背中を見せた。

 沈黙。長い沈黙が、静寂が訪れた。その沈黙は数秒の間この場を支配して、アヤナの言葉によって破られる。

「……なんで、フレギオール派は、コロロギ村をあんな事にしたのかな……?」

 ボソリと呟く様な言葉に反応出来たのはアギトだけだった。

「確かに、な。今まで通りであれば、力で脅して、屈服させるだけなはずだ。なんでこんな、住民関係なしに無差別な攻撃を? 何か、あんのか?」

 アギトは言って「何か思い当たらないか?」と村民達に一瞥くれてみるが、誰も答えを持ち合わせてはいないのだろう。何も返ってきやしなかった。

(……、何か、あんだろうな)

 暫しの思案。だが、まだベータに来て一日程しか経っていないアギトにその答えを見つけ出す事はできそうにない。

「ま、とにかく、」

 話しを進めるのは、唯一冷静を保つアギトだ。

「クロムさん。村民を連れてレジスタンスの下へ非難してください。今更フレギオール派に降伏した所で、取り合ってくれない可能性があります。選択の余地はないでしょう」

 アギトの言葉にクロムは力強い首肯。前に進む意思はあるのだろう。他の村民達はどうにも納得いっていない部分があるようだが、一時的なモノだろう、とアギトは進める。

「レジスタンスの連中は俺達も良く知らないんだが、立場は同じだ。きっと力になるでしょう。それに、先程も言いましたが、やはり選択の余地はない。クロムさん。避難していてください」

「アギト君達は……どうするんだい……?」

 クロムは頷き、問うた。彼の優しさの現われであろう。誰一人としてそこまで考えやいしないが、聞かなくても良い言葉を聞いたのは間違いなくソレである。

 そんなクロムに礼を返すかの如く、アギトは機微に微笑んで、

「俺達は、あのバケモノを倒す方法を探して、障壁をどうにかする方法を考えて、フレギオール派のアジトにあるであろうエラーを閉じに行きますよ。それが、当初からの目的ですから」

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