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3.永久の名を謳う規律―1


 アギトは今までにない程に、真摯に伝えた。本当に危険なんだ、死んでしまうかもしれない、アギトにしては珍しく焦っていたかもしれない。隣のアヤナもコクコクと頷いている。レジスタンスが手を打っていない代わりをしているのだ。

 本来であればもっと早くに避難勧告を出しておくべきである。

「うーん。どうしてもその『死ぬ』って事に実感が湧かなくてなぁ」

 が、クロムはやはり言葉を詰まらせる。やはり死ぬという実感が湧かないのだろう、当然だ、今の今までディヴァイドのシステムに永遠という保障を受けてきたのだ。その永遠が崩れる実感を得ろといわれたところで、沸きはしないだろう。恐らく、実際に死んでやっと後悔するのだ。予言が当たってから預言者を敬う、そんな雰囲気であろうか。

「……実際、今世界のあちこちで死者が出てるのよ? テレビみてないの?」

 と、そこでアヤナが言う。

 アギト自身が元老院に言われて初めてテレビを見たような人間なので、アギトでは思いつかなかったのだ。心中で秘かにアヤナの事を褒めながらアギトも答えを待つ。

 だが、

「言っても、コロロギ村には殆どテレビがないだよ」

 絶句だった。田舎過ぎるだろ、という失礼な呆れではなく、世界情勢を知ってもらおうとしたチャンスを失った事への絶句だった。どうすれば、理解してもらえるか、と頭を抱えそうだった。

「そうなの……、でも、とにかく! 住民全員連れてこの村から離れてちょうだい! 急がないと、いつ襲われるか分からないのよ!?」

 アヤナも必死だった。必死に懇願するように言うアヤナのお陰か、クロムは静かに、僅かながら頷いたのだった。

「分かったよ。今から村民に召集を掛けて……、」

 言った、やっと決断した、その時だった。

 やっと、信じてもらえたのに、このタイミングで、それは起きた。

 突如として、アギト、アヤナ、クロムの頭上一○メートル程の場所に、今や見慣れたそれが出現した。突然出現し、渦巻くように拡大したそれは、直径五メートル程の大きさになって空間を飲み込んだ。

 ――エラーだ。

「エラー!? まさかフレギオール派……!?」

 見上げ、アヤナが焦ったように吐き出す。その手にはいつのまにか彼女のアクセスキー、純白の巨大な鎌が握られている。刃の付け根に存在する巨大な目がギョロリと動き、エラーを見上げていた。

 言われてみれば妙だ。アギトは、フレギオール派がエラーがある場所を保存し、そこからバケモノを出現させて部隊を組み、侵略してくるモノだと思い込んでいた。だが、もし、フレギオールはエラーを解析でもし、何処にでも出現させる技術を得ていたとしたら。

(思ったよりも厄介な可能性が浮上してきやがったな……)

 アギトはクロムを下がらせ、その手にアクセスキーを構える。一振り、柄を刀へと変化させる。

「クロムさん! 今のうちに逃げてくださいッ!!」

 アギトが叫ぶと、クロムが離れて振り返り、走り出した。恐らくは村民も逃がすのだろうが、アギト達からすれば場から離れて貰えるだけで十分であった。

 アギトとアヤナが後ろに飛んでエラーから距離を取る。

 二人とも上空で渦巻くエラーを見上げ、アクセスキーを握る手に力を込める。

 数秒もないが、長い時間が過ぎようとしていた。

「来るぞ!」

 アギトの言葉と同時、エラーの漆黒の中から、それは現れた。

 エラーの中から、図太く、鋭利な腕が、這い出てきた。一目見て、巨大な何かが出てくるのだと察する事が出来る程に巨大である。

 続いて、腕がもう一本。

「ちょ、ちょっとアギト! 大きすぎるわよ!!」

 アヤナがたじろぐ。それ程に巨大な何かが迫ってきているのだ。

 一方で、アギトも警戒を強めていた。

(こんな巨大なバケモノ……今まで見た事ねぇぞ!)

 冷や汗が額に滲み、垂れ、頬を伝い、顎から滴となって地に落ちる。その滴が地と衝突したと同時、轟音が轟き、それは姿を現した。

 直径五メートル程の漆黒の穴であるエラーを拡張するかの如く、恐ろしい程の雄叫びを引きずる様にして、そこから顔を覗かせたのは――一匹の巨大な、漆黒の龍である。

 鋭利過ぎる詰めがエラーを拡張させ、無理矢理に引き伸ばし、その空間から巨人を連想させるおぞましい身体を這い出させる。遅れて、両翼、尾、と這いずり出てくる。大きさは大よそであるが高さが二○メートル以上ある。

 漆黒の龍である。

 本物のバケモノである。

「――ッ!!」

「アギト! こんなのとの戦い方なんて私分からないわよッ!?」

 アギトにはアヤナの声が全然聞こえなかった。

 アギトがこんなバケモノと戦った事はない。今まで、エラーから出てきたバケモノは、全て、大きくとも三メートル以内であった。こんな、ビル郡の様な巨大なバケモノと対峙した事はアギトで言えどなかったのだ。

「――ギト、――アギト!!」

「ッ!!」

 アヤナの呼びかけでアギトはやっと、我に返った。気付き、見上げれば、エラーの渦巻く位置よりも高い場所で両翼を羽ばたかせ、上空に漆黒の龍が鎮座していたのだ。

「くっそ! こんなバケモノと対峙した事ねぇっての!」

「えぇ!? どうするのよ!?」

「つってもあんな空高く飛べるかよ!?」

 武器を持余して、アギト達はただ上空に位置する漆黒の龍を見上げる。

 漆黒の龍は舐めるようにアギト達を――否、コロロギ村を見渡し、見定め、そして――、

「逃げるぞ!!」

 アギトは判断した。勝てない相手だと実感した。

 漆黒の龍は深呼吸する様に大きく酸素を吸っている。そして、その大きな口元、刃の隙間から、真っ赤な炎が宿っているのが見える。

 最悪だ。

 アギトもアヤナも踵を返し、即座に走りだした。最早村民の安否を気にしている暇も、避難を呼びかける暇もなかった。

 アギト達は体力も気にせず死ぬ気で掛けた。来た道を戻り、村を飛び出した。道中でクロムの姿は見なかったかもしれない。

 そうして、アギト達が村から飛び出したその瞬間。上空から、火炎が降りかかった。上空で羽ばたく漆黒の龍の口は恐ろしいばかりに開かれ、そこから溢れんばかりの炎が吐き出された。それは口から離れるが程拡大し、あっという間にコロロギ村を飲み込んだのだった。

 大量のナパーム弾が落とされたかの様な、おぞましい光景が一瞬の間で作り出されてしまった。

「はぁ、はぁはぁはぁ……ッ!! こんなバケモノ相手に、どうしろってんだよ!!」

 本当にギリギリのタイミングで村から抜け出す事が出来たアギト達。村からある程度の距離を取った所で、その無残な光景を視界に入れ、絶望していた。コロロギ村は炎に包まれ、漆黒の龍はその光景に満足でもしたのか既に飛び去っている。

 光景はエラーが炙られている様に見える。エラーはやはり燃えず、村を殺す業火の中でひたすらにその存在を主張するかの如く、渦巻いている。

「はぁ、はっ……。そん、な……。一体こんなのどうすれば……いいのよ!?」

 アギトの隣で、膝に手を置き、呼吸をなんとか整えようとしているアヤナもまた、絶望していた。

 いや、この状況、絶望する他なかったのかもしれない。

(あんなのと……どうやって戦えって言うんだよ……)

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