朝霧けぶる森の中での決闘の旅(後篇)
決闘なる剣戟戦とエルフ同士の魔法合戦――
まさに前代未聞な状況を目の当たりにして、ソフィアはこう思った。
「ここはどこだろ……私は、何?」
遠い場所に連れていかれたみたいに、神経が麻痺しているみたいだ。
自らを俯瞰的に分析するに、焦燥のあまり我を忘れて白目を剥いたまま気を失ったんじゃないかな。むしろその方がいいかも。そんな感覚に襲われていた。
「とんでもないところにきちゃったなぁ……」
目の前にあって遠くにいて近くにも感じているとは。こんなの人生初だろう。
それなのに情けなくも正座崩しのお姉さん座りをしたまま。ぼんやりと観戦しているなんて。
これほどのレベチなんて、騎士学校の授業でも見たことも聞いたこともない。そんな二度と見られないような一進一退の攻防戦が、今まさに繰り広げられているのだ。
小さな勇者見習い・瑛斗vs.新進気鋭の猪武者・ドラッセルの剣と槍の対決。
片や、ハイエルフ・アーデライードvs.ダークエルフ・レイシャの魔法対決。
自分は結果的にちっぽけな存在で、呆然と立ち尽くすしかないんだけれど。
近接戦闘は未熟だし、魔法対決は全くの素人だ。そんなの絶対に勝てっこないし、素質や実力も置いてけぼりは目に見えている。なのに、ただひたすらに指を咥えて見ているなんて。けれど……
「みんな仲良いなぁ。なんか楽しそうだし」
なーんて、勝手なんだけれど。そんな風に思えてしまう。
腕を磨いて試したい者。がむしゃらで必死に喰らいついてる者。真理を目指して仲間を守りたい者。自由闊達で天真爛漫で、あとはええと、よく分からない者。
決闘って、アオハルなんだろうな、きっと。いいなぁ。そう思えると悔しさがよみがえる。
やっぱりみんなと追いつきたいし、いつかはそこに肩を並べたいと願う。
そんなことを思いながら、茫然自失のまま頭の中で空想を描くしかない、ソフィアであった。
ガイィィィ――ンッッ!!
朝霧を切り裂く重低音な剣戟の衝撃音が、森の中で木霊する。
数分か、数十分か――もう時間や身体の感覚も分からなくなるほどに。
汗を拭う暇なんてないまま、なりふり構わず、一心不乱に武器を奮う。
「……ッ、ちょこまかと!」
「小さな体形こそは、俺の専売特許でね」
その中で最も厄介なのは、瑛斗のフットワークの良さであった。
前後左右へと揺さぶって、変幻自在にフィールド内を駆け回る。
ドラッセルにとって戦士技能を知ってはいたが、受けたことのない連続技の数々で、少なからずも焦りと戸惑いが背中に付きまとう。
「ホラ、足元がお留守だぜ」
「うッ! うおぁっ……と!」
脛を狙った瑛斗が、地を這うように水平斬りして足払いを仕掛けたのだ。
反応したドラッセルがバックステップして、瑛斗の攻撃をどうにか躱せた。
「よく切り抜けたね、ドラッセル」
「ったく、まるで抜け目がねぇな、エイト!」
足元どころかその周囲までをも考慮して、全てを見極めねばならないとは。
それを見極めたのは、瑛斗だ。森の地勢などの立地条件、風の向きや強さなど――ほんの小石や根っこ、風上や逆風などが邪魔をして、気を抜いてはいられない。恐らく瑛斗の森のフィールドを利用した狩人技能を駆使しているせいだろう。
ドラッセルの見立てでは、瑛斗との三十センチ以上の身長差と重量差が優位だと予想していたが、まさか安易に慢心するとは。瑛斗との身長の優位はおろか、さらに距離を保たなければならないなんて。未熟者だとつくづく思い知らされる。
「フッ、焼きが回ったのか……オレは」
だが、これももう知れたことよ。相手にとって不足なし、だ。
瞳の奥に炎が灯ったか、戦闘狂の魂をさらに熱く燃えさせてくれる。
戦いの二つの波動は一体となって、激しい演武を奏でるように。
剣戟の撃音とともに、鍛鉄を鐵槌で花火を散らすように。
「ドラッセル……笑ってる、のか?」
彼の真剣で厳しい眼差しだが、口元だけは何故か笑っていた。
その笑みを感じ取った瑛斗が、ならばと先制を仕掛ける。
「じゃあ、これはどうかな!」
円を描いた瑛斗の片手半剣の軽快な連続攻撃。つい防御すべく反応したドラッセルの、長槍の切っ先を上手く弾いて胸元の隙を作った。牽制である。
「初めての技能だが、これでも斬り裂け!」
瑛斗はここぞとばかりに、戦士技能『スピンムーブ』を繰り出した。
別称『バックロールターン』とも呼ばれる戦士技能は、攻撃の途中に間髪入れず、回転をかけて間合いを詰め、一気に斬り込む。使用者の攻撃力はかなり上がるが、それに伴って命中率と防御力が下がる。
「くそっ! こんな技まで持ってんのか、この野郎!」
「う……まだ足りなかったか」
いつも戦闘には表情を変えない瑛斗が、少しだけ悔しそうに眉根を寄せる。
間一髪、ドラッセルは膂力を駆使したか。重厚無比の剣撃を、長槍を使った防御一辺倒でブレることなく見事に耐えきったのだ。
「九死に一生を得る……か」
奇をてらった戦士技能『スピンムーブ』に、呟くドラッセルでさえ面食らった
騎士学校の授業で齧る程度に習ってはいたが、こうも易々と叩き込むとは。
それでも怖気せず、物ともしない瑛斗の胆力に恐れ入る。
「こうも簡単に防ぐなんて、凄いな」
「抜かせ。実力と経験の方が上なんだよ……一応な」
こうも簡単に、だなんて、言ってくれるじゃないか。
こちとら必死なんだぜ、なんて、ドラッセルは言えなかった。
実力は元より、相手は慎重さと堅実さも兼ね備えていては、そうは侮れない。
とはいえ、いつかは必ず体力が削られる。長くは息が続かないだろう。
「こうなりゃイチかバチか、当たって砕けろ、だ」
そうドラッセルは、自分自身に問いかけようと呟いた。
体力オバケと呼ばれた巨躯の騎士だって、そう易々と黙っちゃいない。
「いくぞ、槍撃・刺突連撃!! ウォラァァァーッ!!」
騎士技能『槍撃・刺突連撃』を放つ。素早く刺突する連続攻撃を繰り出した。
これは生命力と引き換えに、自らの攻撃力を引き上げる力技だ。
「どうだ! この攻撃は受け止められるか、エイト!」
なんとしてでも攻撃に転じるしか、ドラッセルの手立てがなかった。
しかし鎌をかけてみた。理由はまだ分からないが、利点と欠点の両天秤が手にも取れるように見受けられたから。言っちゃ悪いが、好機はあるように感じられたのだ。
「だったら、こういう手もあるんだぜ……!」
瑛斗の剣筋は“円”へと流すかと思えば、唐突に“線”へと変化した。
連続攻撃に対抗して素早い剣捌きを買って出たか、二段、三段と複数の打突を繰り出したのだ。
「くっそ、次から次へと!」
ドラッセルは左腕の小手に飾りめいた小型円形盾を使って、受け流して凌ぐ。
このままでは段々と時間経過を重ねるしか他はなく、このままでは気力と体力の消耗戦だ。
「ギッ、グギギギ……ッ!!」
大柄で懐の深い槍の使い手・ドラッセルとはいえ、容易ではない。何せ瑛斗の片手半剣は、異常なまでに大型剣並みのサイズだからだ。
それなのに瑛斗は、器用なまでに肘を畳めて熟せるほどに。巧み稀な技術力や瞬発力、破壊力なども重なって、どうしてここまで届くかと舌を巻くほど、空間認識と距離感の崩壊を感じさせる。
「こうなりゃ反撃に転じてやらぁ! もういっちょ刺突連撃でも喰らえッ!!」
負けられない戦いは絶えずして、前へ前へと進み続けるしかなかった。
だが小さな身体を存分に生かした瑛斗は、巧みな技を発揮して暇を与えない。
「よし、かかった!」
「なっ、なにっ?!」
またしても瑛斗は、戦士技能『パリング』と繰り出したのだ。相手の隙を作り出すことも『パリング』の本領発揮の一つである。
つい反撃に転じようと手を出してしまった認識の甘さは、ドラッセル痛恨の一撃だった。
「…………!!」
隙をついた瑛斗が、ドラッセルの銀の長槍をへし折った。
長年連れ添った相棒である銀の長槍の柄の中心を、ものの見事に真っ二つにしたのだ。
瑛斗が秘密兵器として繰り出したは、戦士技能『ウェポンブレイカー』である。
この戦士技能『ウェポンブレイカー』は、対象の武器を完全に破壊し、その戦闘中に武器を使えなくして攻撃力を大幅に低下させる。また、身体能力を全体的に弱体化して、一定時間は行動不能にもさせる荒業である。
「ぐ……っ」
重厚な攻撃に響いたか、武器破壊の衝撃にドラッセルの両手が痺れた。
瑛斗は戦士技能を手に入れた若さゆえか、試したくて試したくて仕方がないのだ。
「やった! これで決まりだッ!!」
瑛斗が剣を大上段に構えて振り降ろそうとした瞬間だった。だが次の一手は、目にも見えるようだ。
銀の長槍は折れても、騎士の精神力は折れない。いや、折れて堪るか!
歯を食いしばるドラッセルは、これは、これこそが勝機とみた。
「だがな、技能再時間がガラ空きだぜ!」
「――なッ?! ぐッッ!」
折れた槍を投げ捨てると、瑛斗を『ショルダーアタック』でぶっ飛ばしたのだ。
精神力と引き換えに、攻撃の瞬発力を最大限まで引き上げる騎士技能の初期である『突撃』は、小柄の瑛斗には有効であった。
「負けて……堪るかッ!」
もんどり打って青天となった瑛斗だが、すぐさま態勢を立て直して跳ね起きた。
瑛斗だって、負けたくはない。勝ちたい。なんとしてでも勝ちたいのだ。
「突撃ッ!! 喰らえぇぇっ!!!!」
「今こそ全力を尽くす……!!!!」
下段の構えを変えた瑛斗は、地を這うように剣筋が下から上へと斬りかかる。
だがドラッセルが腰にあった銅製の幅広剣・ブロードソードを引き抜くと間一髪、必殺の一撃をどうやら交刃で防御して免れたようだ。だが重厚な剣身なだけあって脇腹が軋む。
「ぬうぅぅっ!! おおぉぉおっ!!」
雄叫びと怒声とも分からぬ声を荒らげながら、最後の切り札を放った。これは騎士技能『全力戦闘』である。
これは生命力と精神力を引き換えに、自らの攻撃力と命中率を限界まで引き上げる。ただし、この技能の使用後は暫くの間、戦闘不能に陥ってしまうだろう。
かのアードナーが『エキドナの庭』でも使用した、騎士にはとっておきの秘策である。
「なっ……!?」
気迫を込めて幅広剣を力任せに切り返せば、重厚幅広な片手半剣を弾き飛ばすことに成功した。
それは瑛斗の剣筋の軌跡と同じように、同じ円を描く『パリング』だから。瑛斗の剣筋を読んだと同時に、無我夢中で編み出した戦士技能であった。
「くっ、態勢を立て直せねば!」
「………………!!」
再び戦士技能『バックステップ』で間合いを取ろうとする瑛斗だったが、無言のドラッセルは一瞬の隙を見出した。『全力戦闘』にさらに輪をかけた『突撃』との連続技能を仕掛けて、相手の懐まで一気に飛び込んだのだ。
「うわっ!」
得意の『突撃』に賭けたドラッセルは、たったの片手で瑛斗の胸倉をむんずと掴むと、空高く持ち上げる。そして思いっきりがむしゃらに大地へ投げ落とした。
プロレス技の喉輪落としに近く、変形ではあるが威力は同等以上である。
「かはっ……!」
瑛斗は背中を打ち付けたと同時に、胸の肺腑から全て息詰まった。
これでは息が続かず、身体が動けなくなっていた。
「ハァ……ハァッ……!」
瑛斗の首元まで槍で当てようと試みるも、手には持っていなかった。
折れた槍は捨てざるを得ず、ブロードソードも弾かれて落とされたから。
だが馬乗りとなって優位な態勢を奪ったドラッセルと、剣を持たず両手を広げて仰向けに寝転ぶ瑛斗。よって勝敗は決していた。
「まいった……」
息ができずに声が霞む。か細い声で瑛斗は、力なく目を閉じた。
ドラッセルも気力を尽くしたか。手を離すとドスンと大地へ胡坐をかいた。
死力を尽くしてしまった二人はこれ以上、何も話せなくなっていた。
「ハァッ、ハァッ……!」
「……フーッ」
暫くの後に、ようやく一息ついた。
二人とも辛うじて呼吸を整えると、最初に口をつくは瑛斗であった。
「ずるいよ……」
「えっ? な、何がだよ……」
「小型円形盾や銅製の幅広剣なんて持ち歩くなんて」
「や、うちらじゃ騎士の支給品なんだよ」
「重量過多なのに、体格も体重も大きすぎるなんて、ずるい」
「そらぁ、その、すまなかったな」
体格優位しかないドラッセルは、それについて何も言えなかった。
それ以上は言えなかったが、隣の瑛斗が小さな声でポツリと呟いた。
「あーあ……俺の負けだな」
「いやギリギリの、それこそ紙一重だった」
「でも負けは負け。あー、また負けたかー」
片腕で目元を隠した瑛斗が、悔しそうな声を絞り出した。
彼の元の世界では、中学まで剣道で勝った試しがまるでなかった。
だから勝ちたい……なんとしても勝ちたかったのだ。
「それでも……オマエは強い。本物だ」
真剣な眼差しでドラッセルが本音を零すと、眉根から悔しさを滲ませる。
わだかまりに怒りに任せた、自分自身の情けなさよ。後悔の念が押し寄せるのだ。
「確かオマエは、オレの四歳くらい年下……の、ハズだよな」
「うーん、そうだね」
さらにバツが悪くなったドラッセルは、頭を掻きながら溜息を吐く。
若く年端の差とはいえ、これほどまでに戦闘術と技能の差が違うとは。
自らがまだまだ未熟者だったのだ。ますます情けない――つくづくそう思う。
「勝敗は兵家の常、か」
隣に横たえた瑛斗が息を整えつつ、空を見上げたままで呟いた。
「なんだそれは?」
「うちの爺ちゃんがそう言ってたんだっけ」
勝敗は兵家の常とは、戦いは勝つ時もあれば負ける時もある、という故事成語である。
「大体は、負けた時のセリフなんだけどね」
口をへの字にした瑛斗は、また悔しがって溜息を吐く。
「でもね、それもまた縁だと思ってるよ」
「それもまた縁……か」
勝ち負けは、常に続いていくものである。
特に若者は、まだまだ時間が長く太く繋がっていく。
そうして仲間と仲間の間へと脈々と繋がっていくのだ。
「オレは見誤ったんだな……自省せねばなるまい」
と、心の中で呟いたドラッセルは、もう一度、自らを猛省した。
自分を過信したか、怒りに任せたか。周りを見ずに判断を誤ったのだ。
勝った負けたとか、きったはったを考えるより、見定めは肝心だと。
そしてまずは自らを律し、切磋琢磨せねば――と、肝に銘じた。
「今回の決闘は、ドラッセルの勝利だ」
「よせやい、そんな言い草」
「けれど……」
小柄ながらも、俊敏さと技巧さのバランスを兼ね備えた瑛斗。
膂力一辺倒ながらも無尽蔵の体力と巨躯の有利性を支配するドラッセル。
荒削りだが双方ともに一生、心に残った勝負であることは間違いない。
「けれど?」
「けれど、次は負けない」
瑛斗の意志は固い。
「絶対に、だ」
「そうか」
「……と、信じたい」
意志は固いが、ちょっぴりだけ自信なしにこう切り返した。
そうなればドラッセルとて、もう苦笑いするしか仕様がなかった。
「希望的観測なんだけどね……一応」
「プッ……ウハハッ! ちげぇねぇ!」
「ふっ……ふははっ、あははははっ!」
二人とも笑った。大いに笑った。
いつの間にやら朝焼けは過ぎ去って、朝霧もすっかりと消えている。
朝ぼらけだった山の端が輝けば、気付けば朝日が顔を覗かせていた。
「ホントにバカなんだから、もう」
森の木陰の傍にいたソフィアは文句を呟きながらも、決闘の決着にようやく安堵したのか「私だって、いつかきっと」と心に残すとともに、頬に小さな涙と微笑を浮かべた。
さて一方、ハイエルフvsダークエルフと言えば――
「あら、あちらも終わったみたいね」
瑛斗の方を向いていたハイエルフが、こちらの足元へと首を戻す。
「どうよ、ちびすけ!」
「むー」
どうやらエルフたちの魔法対決も、遂に終戦を迎えたようである。
地を立って拳を握って天を衝くは、ハイエルフの勝者・アーデライード。
その足元で、大の字でへそ天になったダークエルフの敗者・レイシャ。
「私の勝ちだわ! 認めなさいな、だーすけ!」
「……くやしい」
息を切らせたハイエルフが、得意満面で勝ち誇った。
ハイエルフがダークエルフに勝利を勝ち取った結果である。
それにしても、子供相手には使えない攻撃はさて置き、レイシャも補強や弱体化魔法などを駆使しても攻撃までしてこなかったのは、なかなかにしてやるじゃない。
だけど高位精霊使いとはいえ、やり口が大人げなくて正統派とはまるで似つかないとか、これ以上は言っちゃいけないおちゃっぴぃ。
「前にも言ったけどね、自分の詠唱時間と再詠唱時間との状況判断は、しっかりしなさいな。いいわね?」
「……くやしい」
言葉少なで憮然とした表情のレイシャは、その一言のみであった。
だが、いつもならば、だ。
「けれど……」
「あら、なによ?」
「けれど、つぎはまけない」
うぬぬ……このだーえるのちびすけめ。
よりにもよって、先程の瑛斗と同じ台詞を吐くとは。
「何よ。他に何か言いなさいな」
「………………」
この後、瑛斗なら軽い冗句を口に挟むが、レイシャは次の台詞はなく無言である。
あら、お口にチャックでもつけてるのかな? それとも貝にでもなりたいのかしら?
なんかもう、何かにつけて癪に障るわね、このだーえるのちびすけめ!




