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第12話 苛立つ陽キャ

「それにしても、小山の大将以外にチャンスを与えたのは意外だったわ」


 凛々華が、ふと思い出したようにぽつりとつぶやいた。


「そうか? そんなに執念深いほうじゃねえけど」

「そうではなくて、見限ったと思っていたから」

「君臨する気はねえよ」


 クラスメイトに訴えかけたのは、今後も大翔の支配体制が続くと居心地が悪くなると思ったからだ。

 あくまで自分のためであり、モーセになる気はない。


「それに、長いものに巻かれるのがそんなに悪いとも思ってないからな。そういうやつらのほうが多いだろ」

「じゃあ、あなたはそういうやつではなかったのね?」


 凛々華が含み笑いを漏らした。


「俺はやりたいようにやってるだけだし、それを言うなら、柊だってそうじゃねえか」

「私だって同じよ。彼らの中にいるよりはマシだと思ったから、ここにいるだけだもの」

「そっか。なら、俺は大翔たちに感謝しねえとな。あいつらのおかげで、柊と友達になれたんだから」

「っ……」


 凛々華は息を呑み——わずかに唇を尖らせた。


「なんで、ちょっと不満そうなんだよ?」

「別に、不満なんてないわ」


 悪いが、とてもそうは見えない。何がそんなに——


「……あっ」

「なに?」


 凛々華は横目でちらりと見つめ、箸を止めたままこちらを見返す。


「友達じゃなくて仲間、だろ?」

「……はぁ」


 彼女の口から、大袈裟なため息が漏れた。


「あれ、違ったか? まさか、知り合いかもで止まってねえよな」

「なんでL⚪︎NEのシステムなのよ……まあ、あなたはそういう人よね」

「もしかして、褒めてくれてるのか?」

(けな)してるに決まってるじゃない」

「おい」


 間髪入れずにツッコミを入れると、凛々華がクスッと笑った。


「っ——」


 蓮はつい、息を詰めて見惚れてしまった。


「どうしたの?」

「な、なんでもねえよ」


 鉄仮面だと思っていた美少女が、不意に見せる笑みだ。数日で慣れろというほうが酷である。

 願わくば、その威力を理解して制御してほしいところではあるが、こちらから自覚を促せるほど器用ではない。


「……お前って、そういうやつだもんな」


 結局、意趣返しのような皮肉しか繰り出せなかった。

 しかし、それなりの効果はあったのか、凛々華がほんのり眉を寄せる。


「言われてみると、なんだか不愉快ね」

「だろ? 意味教えてくれてもいいんだぞ」

「知りたいなら、まずはそっちが先に言ったらどうかしら」


 その余裕の表情を前に、勝てる気がしなかった。


「……やめとくわ」

「意気地なしね」

「ほっとけ」


 変に格好つけて嫌われるよりは、ヘタレだと思われるほうがマシだ。

 蓮は視線を外しながら、自然な流れで腕時計に視線を落とした。


「——って、柊!」

「な、何よ?」

「だいぶ時間過ぎてるぞ。早く食べねえと」

「えっ? ……あっ、そうね」


 凛々華も時計を見てから、焦ったように弁当箱を開き始める。


「焦ってミニトマト落とすなよ」

「あなたこそ、喉に詰まらせないことね」


 間髪入れずに返ってきた言葉に、苦笑してしまう。舌戦でも勝てないのなら、勝ち目はない。

 そもそも、冷静に考えれば勝つ必要などないのだが。


 それからはあまり会話もせずに黙々と食べ進めた甲斐があり、チャイムとともに五限の授業に滑り込むことができた。


「二人とも、時間には余裕持とうね〜」


 遅刻未遂常習犯の心愛(ここあ)が、頬杖をつきながら微笑んだ。


初音(はつね)には言われたくねえな」

貴女(あなた)には言われたくないわね」

「「——あっ」」


 二人は思わず顔を見合わせた後、どちらからともなく顔を背けた。

 蓮は口をへの字に曲げ、凛々華は唇を噛みしめる。


 赤く染まった二対の耳を見て、心愛は声を弾ませた。


「ふふ、仲良いね〜」

「「「っ……」」」


 ——教室の気温が、一度ほど上昇した。




◇ ◇ ◇




(黒鉄の野郎……!)


 本人たちにそんな意図はなかったが、蓮と凛々華の青春を感じさせる一コマを見せつけられ、大翔の胸中はまるで嵐のように吹き荒れていた。


(なんなんだよっ! 女も取り巻きもいねーくせに、調子に乗りやがって……!)


 当然、そんな精神状態で部活に臨んでも、まともなプレーなどできるはずもなく。

 コントロールミスをしたところでスライディングを受け、大翔は転んでしまった。


「なんだ? その、取ってくださいって言わんばかりのトラップは。ちょっと調子良かったからって、(たる)んでんじゃねえの?」


 先輩の一人が、口の端を吊り上げる。

 その瞳は優越感に染まっていた。生意気な後輩の失態が嬉しいのだ。


(雑魚がっ、昨日まで俺にボコされてたの忘れてんじゃねーよ……!)


 大翔は奥歯を噛みしめた。

 思い通りにいかないプレーと嘲笑に苛立ち、さらにプレーが雑になる。完全に悪循環にハマっていた彼のフラストレーションは溜まる一方だった。


 帰宅しても、その苛立ちは収まらなかった。

 しかし、シャワーを浴びている最中に、大翔はふと冷静になった。


(待て。俺はなんでこんなに焦ってんだ? 黒鉄はまだ、凛々華とちょっと登校したりしただけだろ)


 反対に、大翔は幼いころからずっと一緒に過ごしてきた。毎日の登校のみならず、お互いの家族を交えて食事をしたり、出かけたことだってある。

 普通に考えて、凛々華との絆は、蓮よりも強いはずだ。


「そもそも、一緒にいるのだって、絶対に凛々華の意思じゃねーしな」


 大翔はまるで自分に言い聞かせるように、鏡に向かってぶつぶつとつぶやいていた。

 ——その思い込みが、やがて自分の首を絞めることも知らずに。

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