来たるイベント〜2
『シリアス』を消しました
例年通り保護者のマウント取りにより空気が最悪になると予想された授業参観は保護者組が異様に静かになった事で例年よりかはマシなものになった。
保護者組が静かになった理由は何の前触れも無くやって来た夜奈である。
現在の魔術師はテルゼウスが研究費やらなんやら全額出資する代わりにテルゼウスに定期的に何かしらの技術提供する事という契約を結んでいる。
力のある御三家とその分家ならば資金は潤沢にあるし、副業で成功しているフローレン家の様な家系のほとんどはそもそも研究には興味が無く、資金援助もあまり必要とはしていない。
魔術を極めるに心血を注いでいる魔術師からすればテルゼウスからの資金援助は文字通り命綱である。そして夜奈はその資金援助元のトップ。前任ならまだ魔術師側が強く出れて良かったが、今のトップはそんなものは効かない。
機嫌を損ねたり危害を加えたりしたら、資金援助を切られた上で恐怖の魔猿軍団を引き連れてお手製爆弾で爆裂大騒ぎの末に根こそぎ奪っていくだろう。恐怖の猿軍団と爆弾はお友達で奪える物は土台残さずと。
……………これが夜奈に対する魔術師側のイメージである。
そんなわけで保護者組がいくらプライドが高くビースト差別意識高めでも目に見えた地雷をぶち抜く勇者では無い。
ちなみにここで言う地雷とは理玖の事である。
理玖に何かあればまず1番近い数万匹もの魔狼が一斉に動き出す。本当に軽いものなら取り憑くか悪夢を見せるくらいだが、危害を加えれば赤い燐光が煌めいて相手の喉元に喰らい付き毛筋一本残さずに喰らい尽くす。
そして次に来るのは愛莉珠と夜奈であるが、この2人は仲が悪いというか色々と合わない為、興奮状態で鉢合わせたら間違いなく戦争が起きる。そうなれば周りの被害は甚大である。
…………とまぁ理玖にはセコムと核爆弾が付いている為、あまり刺激するのは良くないのである。
そして現在、授業の間の休憩時間にて夜奈はひたすら無言で理玖の顔を両手で揉んでいた。頬を捏ねたり、少し伸ばしたりとマッサージみたいな事をしていた。
双方どちらも眠たげな目をした無表情ではあるが、夜奈の方はぽわぽわと花が咲いている様な空気を出しており、理玖の方は軽く尻尾を振って時折耳をパタパタと動かしていた。
2人とも細部は違えどそっくりである。理玖の背を高くして狼耳と尻尾を外して髪を夜烏色に染めれば、ほぼ夜奈と言える程に。
「理玖。貴女は少し表情筋を動かした方がいいですよ。あまり動かさないのは色々と問題があります」
「それは夜奈姉にも言える事でしょ?」
「私は既に手遅れなので」
「まだ大丈夫でしょ」
「いえ。先日、澪に表情筋が死んでいると言われ────」
……そんなほのぼのとした会話が続いた時、夜奈は急に言葉を切った。
「どうしたの?夜奈姉」
夜奈の不穏な変化に理玖はそう聞いた。夜奈はそんな理玖の頭を軽く撫でると教室の入り口の前に向かった。
耳を澄ましてみると廊下の方が何やら騒がしかった。戸惑う様な声と黄色い歓声が聞こえてきており、それなりの事が起きているのがわかった。
カツンッカツンッとリズム良く鳴らされて廊下に響いている靴音は徐々に教室へと近づいてきて、その人物はちょうど夜奈が立っている入り口で立ち止まった。
「ハァーーイ!!リクッ!!僕がk──「去りなさい発情白兎」」
勢いよく扉が開き、理玖にとってとても聞き覚えがあり今ここに居て欲しくなくない人物の元気な声が聞こえたと思ったら夜奈がそのセリフをぶった斬ってスパンッと扉を閉めた。
静かだった教室が更に静かになった。
「………おいクソババァ、なんで閉めんのさ」
「まだいたのですかマッシロシロスケ。まぁ、ちょうど良かったです。次は第三大倉庫の備品点検を1人でやって来てください」
「やるわけないでしょうが。というかなんで備品点検なの?しかも1番広くてしっちゃかめっちゃかになってる場所を指定してくるのさ」
「………………?別に問題ないでしょう?」
「…………ねぇ、リク。この頭の中爆弾お花畑の顔面に『雷撃』ぶっ込んでいいかな?」
「やったとしても弾き飛ばされるよ。それと被害が凄くなるから辞めろ」
夜奈によって閉められた扉はすぐに開き、そこからしっかりと真っ白なスーツを着込んだ愛莉珠が顔を引き攣らせながら入ってきた。
「というかお嬢、なんで来たんだよ。ただでさえ夜奈姉が来た事でアレだったのに。お嬢まで来たら絶対騒ぎになるじゃん。せめて変装くらいしてよ」
「だって行きたかったし。あ、そうそう聞いてよリク。このババァったら酷いんだよ!僕を書類の山ができた執務室に結界込みで閉じ込めて無理矢理やらされたんだよ!?」
「それいつもお嬢が後でやるって言って放置していたやつじゃないの?」
「そうだよ。でもリクの授業参観行きたかった!」
「そういうのは溜まった仕事を片付けてからだろ」
「………………リクがきびしい」
バッサリと切り捨てる理玖に愛莉珠は若干涙目になってしまった。
「自業自得ですよ」
「おお゛ぉん??ちょっっっと、そこの校庭に行こうか。ぶちのめすから」
「おひとりでどうぞ」
「あ゛ぁ゛?????」
「なんで2人ともそうすぐに喧嘩始まるの?」
夜奈がいらない事を言うと愛莉珠はメンチを切って、堂々と乱闘宣言をするがメンチを切られた夜奈はどこ吹く風といった具合で流していた。
理玖が呆れていると授業が始まるチャイムが鳴った。
「………そろそろ始まるけど、2人とも大人しくしててよ?」
「コイツが僕をイラつかせなかったら問題ないよ」
「これが何もしてこなかったら問題ありません」
「………………そう」
理玖は2人にそう忠告するもあまり効果がないと感じていた。……………その後の授業はランダムなタイミングで愛莉珠と夜奈が殺気を出しては引っ込めての攻防を繰り広げていたせいで、例年とはまた違った雰囲気の授業参観となった。




