幕内〜九尾の狐の過去・上
気の向くまま書いていました。
〜side神崎
……わっちは何を見せられているのだろうか。
理玖坊が元の家に帰って、バディである愛莉珠とイチャついているだろう真夜中の11時。
そしてわっちの目の前にはビールジョッキ2つを持ってマラカスの様に振って、ヒャッハァーーッ!!な某梨の妖精如く高速ヘドバンしている人間の大人サイズのマゼランペンギンの着ぐるみ寝巻きを着た酔っ払い夜奈がいる。
………事の始まりは昨日の夜辺りに夜奈経由で愛莉珠が帰還するという知らせを理玖坊が受けた事からである。
知らせを受けた理玖坊はそれはもう分かりやすく明るくなった。漫画やアニメであったなら光の集中線とパァ〜って明るい効果音が鳴り響いたであろうそんな感じである。
そして次の日の朝………つまりは朝食の時になって理玖坊が夜奈に向かってこう言った。
『夜奈姉。今日はお嬢とヤるつもりだから邪魔しないで。邪魔してきたら嫌いになるから』
その時の夜奈の反応は面白かった。
白米を掻っ込んでいた夜奈がビシリッと音が聞こえるくらいその場で固まってしばらく石像となった。頭を叩いても動かない夜奈が復活するまで2時間はかかった。
……そして夕方辺りからソワソワし出す夜奈。
夜奈の謎センサーであの2人のファイト一発を感知して突入したいが理玖坊の釘刺しで行くのを躊躇っていた。
…………………以前、此奴は妹の幸子と夫の翔太の夫婦のアレコレに突入してやらかした前科がある。
その時、何言われたかは知らんが2週間ばかし布団の中に引き篭もってキノコ生やしていたから相当な事を言われたのだろう。
シスコンと甥っ子想い……今は姪っ子想いじゃが……を拗らせておる此奴じゃから、邪魔したいが釘刺しされた上で行けば確実に嫌われる。嫌われたくないけど可愛い姪っ子を穢されるのは嫌だという事でぐるぐると思考が定まらないという感じか。
そんで行き場のない感情をどうするかと言えば此奴の場合ヤケ酒である。
テキーラやウォッカをはじめ米酒にスピリタスなどとにかく色んなやつを大ビールジョッキでちゃんぽんして下品に音を立てて一気飲みする。
時々、此奴の肝臓はオリハルコンで出来ておるのではないかと思ってしまう。そしてアルコールの処理能力もズバ抜けておる。それだけ蟒蛇なのだ。
………ただ人には限界がある故、夜奈の酒に対する許容量を超えるとわっちの目の前でやってる様にブッ壊れてハイテンションになる。
「まったく………。あれ程、呑み過ぎるなと言ったのに何故呑むんじゃ」
わっちがそう呟くも酔っ払った夜奈の耳には届いていないだろう。まぁ、此奴に向けて言った訳ではないが。
夜奈のこんな有様を見ているとなんでわっちは此奴の事を惚れたんじゃっけ?とたまに思ってしまう。
そんな時は大体、昔の事を思い出している。
出来れば二度と思い出したくもない苦痛に塗れた地獄の日々とそれを掻き消して代わりに幸福を与えてくれた目の前の愛人と今は亡き親友との日々を……………
***
それは………わっちがまだただの"普人"であった時のこと。
わっちは血筋だけは由緒正しき魔術師の生まれだった。
というのもわっちはその家の当主であった父が非魔術師の母を無理矢理襲って産まれてしまった私生児じゃったからである。
母は銀狐を擬人化したみたいなビーストで美人でとても強い心の持ち主であった。
当時は未だ世界に爪痕を残していた『天災』の影響で仕事が上手くいかず借金まみれになった両親から多額の借金を押し付けられしまっていた。
クズ2人は母を置いて逃げてしまい、おかげで毎日返済に追われて貧乏暮らしをしていて、そんな時にやんちゃしていたクソ親父に無理矢理連れてかれて契約され、襲われてわっちを孕まされた。
糞みたいな男に襲われて無理矢理孕まされたのに堕ろさずにわっちを産んでくれた。
貧乏で家計が火の車であったのに、本来なら顔も見たく無い男との子であるのに、本来なら恨まれても憎まれてもおかしく無い筈なのに、生まれてすぐ施設にでも預ければ良かったのに、何なら産む前に堕ろしてしまえば良かったのに。母はわっちの事を産んでくれた。わっちを育ててくれた。わっちの事を愛してくれた。
『産まれてくる子供には罪は無い』と言い、優しく笑いかけて頭を撫でてくれたあの人が居てくれたからわっちは心が歪まずに済んだ。一般的な常識も持ち合わせることも出来た。感謝してもし切れない。
貧乏で生活は苦しくはあったが、それでも温かくて幸せな日々であった。
────だが、そんな小さな幸せな日々はクソ供によって壊された。
ある日の夕方。わっちが学校から家に帰るとそこには黒服の集団と血の海に沈んで冷たくなってしまった母であったモノの姿であった。
その後の事はショックのあまり覚えていない。ただ、連れていかれる前に反射的に母が大事にしていた耳飾りを手元に置けたのは幸いだった。
まずわっちが攫われた理由が本家の長老達が血筋が広がるを恐れたから。母が殺された理由は抵抗されたから。
だったら最初から襲うなと言いたい。……まぁ、言わなかったが。
とまぁ、そんなしょうもない理由で母は殺されてわっちは腐った魔術師に連れてかれた。
…………そして黒服の集団に連れていかれた先で待っていたのは地獄の日々であった。
まず、術を使える様にする為によくわからない薬を飲まされた。飲んだ直後に身体の内側が焼ける様な痛みに襲われて丸3日もがき苦しんだ。もちろん看病など無しである。
そうして使える様になった術は『幻影魔法』という虚像を作り出す事しか出来ない魔法。ただそれだけである。
使える魔法ならば良かったが、幻覚しか出せない使えない魔法しか授からなかった。
……今思えば、それはわっちが覚醒ビーストであったから魔術を扱う回路を活性化させる薬を飲まされてもその魔法しか授からなかったのだろう。
そして使えないと分かれば、今度は離れの小屋に軟禁させられた。食事は1週間に1食あれば良い方で毎日誰かしらに鬱憤ばらしに殴られたり蹴られたり罵倒されたりされた。
まだ若過ぎたという事で流石に犯されはされなかったが、いつぞや来たクソ野郎がある程度育ったら孕み袋にすると言っておったから時間の問題であった。
故に逃げ出した。母のみならず己の尊厳まであの腐り切ったクソ供に奪われたくなかったからだ。
わっちは自分の唯一の取り柄であった『幻影魔法』で監視の目に幻覚を施して更にあたかもそこに居る様に見せかける為に布とかで形だけ作った人型にわっちの姿を投影させた。
そして決行日の夜にわっちは逃げることに成功した。その家の裏には魔力触媒の材料調達の為か広大な原生林が広がっており、わっちはその森を足の感覚が無くなるまで走り抜けた。
その日はちょうどよく大雨であった。
後ろからは追っ手と思しき怒鳴り声が聞こえてきて、奴等は遠慮なくわっちに向かって魔術を放って来た。
そして奴等の誰かが放った魔法がすぐ側の地面に着弾し爆発を起こしてその衝撃でわっちは吹き飛び、ちょうど近くを流れていた氾濫した川に呑まれて、心身共に限界だったわっちの記憶はそこで一時的に途切れた。
────濁流に呑まれて気を失った後に目が覚めるとまず始めに感じたのが全身を包み込む様に充満する少し鼻につく清涼感のある匂いと身体に纏わりつく粘度のある液体の様なもの。
ゆっくり目を開ければそこには夜烏色のおかっぱ頭に淡い空色のした瞳をした人形じみた少女と顔と色合いは同じだが何処となく頭が緩そうな雰囲気を持っていて何故か謎の肉食獣らしき頭蓋骨を被っている狼少女がいた。
……そう。この時出会った2人こそ夜奈と幸子であったのだ。
〜〜
母を殺してわっちを攫ったクズ魔術師供から逃げて夜奈と幸子に助けられてからは驚きの毎日であった。
まず2人は天災で両親を亡くし世話になっていた祖父母が他界した後、数多の魔獣がひしめく危険極まりない森の中でひっそり?暮らしていたそうだ。
当時はまだビーストに対して世間からは風当たりが強く、人里離れて暮らすのはまだ分かるがよりにもよって原生林の奥地にするかの?
まずは妹の幸子から。
結論から言うと彼女はフィジカルゴリラならぬフィジカルスーパーマンであった。
自分の背の何倍もある岩を持ち上げたり、巨木を素手でへし折ったり、今でいう1級戦乙女……当時は戦乙女は存在しなかった……の実力を持つ者でも手こずる魔獣をその辺に落ちてた何かの骨で作った棍棒でボコボコにしたり、四つ足ダッシュで流れる川の上を駆けたりと。
……………岩と木はまだ分かる。しかし、残りがおかしい。いや、水の上をダッシュはそれこそ足術師の達人かそれ系の魔術師なら出来なくもない。しかし、それを人間の身体で四つ足でしかも湖とかではなく、流れのある川でやるとか一体どうやっているのかさっぱりである。
そして極めつきはその原生林に生息している魔獣の中でもとびきり厄介且つ強い魔猿軍団のボスになっていたというところであろう。
身長3メートルに体重300キロの巨体を持ち、4つの豪腕と至近距離で撃たれた銃弾すら視認した後に指で摘んで止める反射神経を持ち、一度見た技を自らの物にする学習能力と知能を兼ね備えたギカントスガリル。
そいつらが何百匹もおる群れに喧嘩ふっかけられたと言って、棍棒2本持って『ウゥッッキィィィィィィッ!!!』と狂犬さながらの表情を浮かべ奇声を上げて飛び込んで行った時はわっちも夜奈も悲鳴を上げた。
まぁ、結局三日三晩の大乱闘の末に大勝利して気絶した猿軍団の山の上で某石仮面の吸血鬼の様な雄叫びを上げていたが。
……とまぁ、フィジカルにぶっちぎった野生児スーパーマンではあったが、あの子は優しくてわっちに元気を分け与えてくれた存在であった。
次に姉の夜奈。
こっちは妹に比べてひ弱そうに見えたが、実際は妹の幸子を超えるアグレッシブな少女であった。
まず、強力ではあるが使い方を誤れば自身の命すら危うくなる希少魔法の使い手でそれを齢1桁で完全に自らのものにする程の才能を有しており、戦闘能力はピカイチであった。
更に物作りの点でも抜きん出ており、自作で溶鉱炉を作って鍛造したり、即効性の高い魔法薬などもお手のものであった。
………ちなみに第一印象が悪かった。
まず、わっちの治療の為とはいえ、試作品の魔法薬の原液プールに臨床試験無しにぶち込むとかありえん。しかも、わっちが気を失っている間に勝手に契約してわっちを覚醒ビーストにしたという点からも悪かった。
あの頃のわっちは魔術師に対して嫌な感情しか抱く事ができず、更に夜奈がやった事はわっちの母があのクソにされたことと重なってしまったからである。
………………母と同じ狐だった事は心の中で感謝したが。
そんなことだから最初の頃はそれはもう夜奈に向かって思いっきり牙を剥いた。幸子からは『子猫がシャーって言ってる!』とキラキラとした目で言われたが。猫じゃない狐じゃい。
わっちはあの頃は夜奈が近づこうとする度に9本の生えたてラグビーボール型の尻尾をパンパンに膨らませて、耳を後ろに絞ってシャーッとやって、その度にあっちは少しどんよりとした空気を纏わせて去っていくという謎な攻防を繰り返していた。
そんな攻防に転機が訪れたのはわっちが2人に出会っておよそひと月後………。
それはわっちが少しばかり遠出して山菜採りに出掛けていた時であった。
怪我の方は当時は不本意と思いながら全快しており、覚醒ビーストになった事で今まで以上に身体能力が上がっていた。
そして、覚醒ビーストになってから事あるごとに夜奈が近寄ろうとしてきていい加減辟易していた為、夜奈から離れる目的で遠出をした。
それがいけなかったのだろう。
採取に夢中になっていた時、突然頭の上から袋か何かを被せられて身動きが取れなくなってしまった。
後から聞いた話ではわっちを攫おうとした輩は密猟者で尻尾が9つあるわっちを見つけて金になると踏んで手を出したそうだ。当時はビーストについて殆ど分かっておらず、ましてや"覚醒ビースト"の"か"の字すら無かった時代。明らかに普通の見た目じゃないわっちは非常に珍しいものであったわけである。
…………ただ、その誘拐も未遂に終わった。
えっちらほっちらと運ばれていると何か鈍い打撃音と誘拐犯の短い悲鳴が聞こえたかと思うとわっちは袋ごと地面に投げ出された。そして袋の口が開かれるとそこには夜奈がいた。
『なんで1人で出かけたんですか!?』とか『勝手にいなくならないでください!』など普段の人形の様な表情とは打って変わって今までで1番感情を前に押し出して叫んでいた。
それにカチンときたわっちは今まで溜め込んでいた感情を吐き出す様に言い返してやった。『いい加減付き纏うなッ!』とか『私は望んでこうなったわけじゃない!』とか。
数多の魔獣がひしめく危険極まりない森のど真ん中で夜奈の一撃でノックアウトされた誘拐兼密猟者を思いっきり踏みつけながら2人でギャイギャイ言い争った。
そうして2人して息荒くして散々言い争った後、わっちは1番気になっていたことを聞いた。見ず知らずのわっちを助けて拒絶されている上で構おうとするのかと。
すると夜奈は真面目な顔で『貴女の事が大切だからです』と言い切った。
正直に言うと訳が分からなかった。あまりに突拍子もない事だった故に無意識のうちに口から低い声で『……は?』と出たのは許して欲しい。
わっちのその反応に夜奈はオロオロと慌てだして、それから早口で謝罪やら弁解やらを述べ始めた。
その反応にわっちは毒気を抜かれた気分になった。目の前のこの魔術師はあのクソ供とは違う。
そう行き着いた時、自然と頬が緩んで笑った。
急に笑い出したわっちを見て夜奈はキョトンとした顔になった後、わっちに釣られて笑った。
『やっと笑ってくれましたね……。やはり貴女は笑っている顔がよく似合いますよ』
そう言われた時、母が死んでから穴が空いていた様に感じていた胸の内が少し埋まって暖かくなった気がした。
───その時のわっちはその感覚にまだ名前を付けていなかった。
………ちなみに密猟者は怒り狂った幸子に顎を砕かれて口いっぱいに肉食系の魔獣のフンを詰め込まれて、無表情の夜奈に菊門をお手製爆竹でサヨナラされたのちに激流川流しの刑に処された。




