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『青の恋歌(マドリガル)』~猫たちの時間11〜  作者: segakiyui
6.騎手の歌(黒い子馬)

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 夜を衝いて走る車の中には、外の闇よりも重苦しい沈黙が満ちていた。ハンドルを握る『ランティエ』、助手席で前方を見つめているお由宇、後ろで暗い表情で体を強張らせて座っている高野に上尾、そして俺も一言も口に出せないままだった。

(周一郎)

 窓の外を見ようと目を凝らしても、そこには黒々とした夜景が、しがみつこうとしては置き去られる魔物のように、妙にねっとりと流れているだけだ。

(一体どこにいるんだ)

 ぼんやりと考える頭に、俺の部屋でぽつりと一人、立ち竦んでいる姿が思い浮かんだ。そっと忍び込んだ部屋、机の上にポートレートと読みかけの本を置いて、ベッドで眠り込んでいる俺を振り返る、そしてそのまま、身動きできずに立ち竦み……やがて、ゆっくりと身を翻して部屋を出ていってしまう周一郎。

 重なるようにガルシア・ロルカの詩の一節が浮かぶ。

 拍車を鳴らして歩む黒い子馬が死んだ騎手を運んでいる。身動きせぬ体、響く音、刃が幾重にも花のように重ねられる。

(冗談じゃない)

 ぶるぶると首を振った。どーもいかん。何を考えても悪い方ばかりになっちまう。

「お由宇」

「え?」

 気を取り直して、声をかけた。

「なあに?」

 意外に明るい声でお由宇が答える。

「いや…そのさ、これって素人考えかも知れんが…」

 もごもご呟いた。

「ずっと引っかかってたんだが」

「なにが?」

「いや、そのさ、アンダルシア人とバスク人って、そんなに仲が悪いのか?」

「…そうね」

 窓ガラスに映ったお由宇が面白そうに頷く。

「イスラム勢力が染み込んだアンダルシアは、最もスペインらしいかも知れないわね。他のヨーロッパ諸国とスペインの違いは、どれほどイスラムの影響を受けたかの違いとも言えるかしら。特徴的なのは時間に対する考え方……アンダルシア人にとって大切なのは現在だけ、未来も過去も関係がない、いかに今を楽しく生きるかが生活の基本」

 片手で、さらさらと滑るセミロングを肩に流した。

「そう言う人間の集まりが経済的に発展しにくいのはわかるでしょ? アンダルシア地方8県の平均所得は下位を低迷している。根強く残っている土地所有制度から逃れようとするなら、バスク、カタルーニャ地方への出稼ぎか移住……けれど、そうして移っていった先での彼らの評価は『ビーノばかり食らって仕事をしない怠け者』。まあ、アンダルシア人に言わせれば、バスク人達は『仕事ばかりしていて人生を知らない馬鹿者ども』と言うことになるけど」

 くす、とお由宇は微かに笑った。

「きっと日本人も、その『馬鹿者ども』に入るんでしょう。そのアンダルシア地方と対照的なのがバスク、カタルーニャ。天候や雨量もそうね。アンダルシアが『目が痛くなるほどの青空』なら、バスクは『曇って暖かい雨の日』。陽気で怠け者のアンダルシア人、陰気で勤勉なバスク人なんて言われてるらしいわ。生活水準はトップクラス、所得でも上位3位を占めるバスク……けれど分離主義の力が強くて、ETAの本拠地でもある。警官数も多いけど、アンダルシア出身が多いのを揶揄して、『警官という職業は体格さえよければ誰でもなれる』とバスク人は言う…」

 上尾の話を思い出した。アンダルシア出身の警官である父親、周囲の侮蔑に耐えきれず、アルベーロは飛び出した。

「だからなんだ」

「え?」

「だから、そこで引っ掛かってる」

 ちらりと高野が横目で見た。上尾も興味を惹かれたようにこちらを振り向く。凝視されるのがくすぐったくて、もぞもぞしながら何とかことばを押し出した。

「アルベーロはアンダルシア人だよな? ってことは、バスクでもあまり『受け』が良くなかったわけだろ?」

 くっくっく、と『ランティエ』が笑った。

 ふん、悪かったな、『一般的』な物言いで。

「…ええ、そうね」

 振り返らないお由宇の声は、なぜか淡い笑みを含んでいるように聞こえた。

(いいさいいさ、笑いたきゃ笑え。どーせ、俺はプロじゃない)

 心の中でぼやきながら先を続ける。

「で、それが嫌で、父親のとこを飛び出したんだろ?」

「ああ。イレーネはそう言ってた」

 と、こいつもピンとこない様子で上尾が同意する。ほらみろ、俺だけがアホじゃない。

「で、ETAってのは地方主義の塊で……つまりは、バスクがいっちばん、って奴らだよな?」

 『ランティエ』は何がおかしいのか、低く含み笑いを漏らした。

 あ、とふいに上尾が小さく声を上げた。

「そうか…」

 どうやら俺の言いたいことがわかったらしい。ふんっ、察しのいいヤツなんか嫌いだ。思わず相手を睨みつける。

「?」

「…だ、か、ら」

 俺の視線を浴びてもきょとんとする上尾にぐったりしかけたが、気を取り直した。

RETA(ロッホ・エタってのは、その中でも過激なんだろ? で、そのバスクが最高って連中が、まだRETA(ロッホ・エタに入ってもいない人間……アンダルシア人のためにわざわざ犯人を追うのか? いや、そもそもさ、アルベーロがRETA(ロッホ・エタに入れるってことが不思議…」

「くっ……はっはははは…」

「?!」

 唐突に『ランティエ』が大笑いを始めてぎょっとした。反対に、高野が苦り切った顔で黙り込む。ただ一人、お由宇が肩越しに視線を投げ、歌うように言った。

「それで?」

「それでって……後はそうたいしたことじゃないんだ」

 笑い続ける『ランティエ』を横目に付け加える。

「たださ」

「ただ?」

「『ランティエ』の方はわかったけどさ、どうしてお由宇が関わってるのかなと思ってさ」


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