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『青の恋歌(マドリガル)』~猫たちの時間11〜  作者: segakiyui
5.晩鐘

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18/36

3

 夜は深々と、家々の壁に、黒い鉄の茎で支えられた8本のカンテラの真下に、その明かりに浮かび上がった十字架のキリスト像の、削げたような頬に、あばらの浮いた体に、その身を食い込ませて、一層影を濃くしていた。

「アルベーロが刺されたのはここではないかも知れませんが、発見されたのはここです」

 淡々と『ランティエ』は十字架の周囲の柵の外、キリストの正面あたりの黒々とした染みを顎で示して見せた。

「救いと絶望の見事な構図でしたが、コルドバ随一と言われる広場を汚してしまいました」

 普通人とやっぱり感覚が違うのか、『ランティエ』はアルベーロの死にも大して動じた様子はなかった。むしろ、側に控えている高野の方が寒々とした顔つきだ。

「彼からの最後の連絡は、手がかりを掴んだというものでした。『燈火のキリスト広場』で売ろうとのことだったのですが、その時にはもう、刺されていたのかも知れませんね」

 アルベーロの傷は背後から一突き、力が弱い刺し方だったらしく、しばらくは生きていて、何とかここまで辿り着いて逝ったらしかった。

「見つかった時は片手に紙幣を握って蹲っていたようです。私は、そうそう表に出るわけにはいかないので……」

『ランティエ』はひょいと肩を竦めて見せた。

「物陰から冥福を祈りましたが、神の御前です、悪くはない死に方だ」

 上品に十字を切ってみせる仕草が、不思議に嫌味がなかった、が。

「く、そっ!」

 信心深い人間がいたら、さぞかし驚いただろう激しさで、俺は舌打ちした。

「手がかりを掴んだと思えば、片っ端から消えて行きやがる!」

 重苦しい沈黙が辺りに澱む。

「Señor.」

「ひっ」

 唐突に間近で声が響いて、飛び上がるほど驚いた。

 いつの間にそこに居たのか、建物と建物の間の陰に、薄ぼんやりと小さな黒い影が浮かび上がる。続いたスペイン語をお由宇が訳してくれた。

「人を捜しているなら、占ってあげよう、と言ってるわ」

「え?」

 時が時だけにどきりとして、俺は相手の姿を透かし見た。男とも女ともつかぬしわがれた声、黒衣に身を包み、指先まで覆った黒布の中に、小さな水晶玉が抱かれている。

「私は長い病気の果てに人に見せられぬ体となったが、未来を見る目は確かだ。見ればお困りの様子、神の前だ、代金は要らないから聞いていきなさい、ですって」

「わかるのか?」

 思わず口走った。

「あいつの行方がわかるのか?」

「その人は小さな男の子だろう。魂の放浪者、彷徨う中で傷ついている。しかし神は見捨てない。その少年は風見の中に居る」

 お由宇の通訳に体が強張った。

『覚え書』の一文を思い出した。わたしが死んだら……埋めてください……風見の中に……。

「もう…死んでるって言うのか?」

 干からびた俺のことばを、お由宇が相手に伝える。相手のことばがゆったりと、夜の空気を伝わって戻ってくる。

「まだ死にはしていない。だが、急ぐことだ。生命の火は尽きようとしている」

「そうか!」

 ふいに高野が叫んだ。

「風見……ヒラルダだ。『ヒラルダの塔』です、滝様。もし坊っちゃまを葬るために、あのカードを使ったのなら、『風見ヒラルダの塔』ほどぴったりしたところはありません」

 相手は重々しく頷くと、のろのろと立ち上がり、向きを変えた。と、どうしたのか、お由宇と『ランティエ』の間に素早い目配せが飛び、次の瞬間『ランティエ』が相手に襲いかかった。

「あっ!!」「へっ?」

 どこかで聞いた声が黒衣の人物の唇を突く。

「演出効果はあったけど…」

 お由宇がにっこりと艶やかに笑いながら続けた。

「少しばかり乗りすぎたみたいね、上尾さん?」

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