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『青の恋歌(マドリガル)』~猫たちの時間11〜  作者: segakiyui
5.晩鐘

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2

「『ランティエ』は、どうして『青の光景』を捜してるんだ?」

「ああ、彼ね」

 くすっ、とお由宇は可愛らしい笑みを漏らした。

「彼らしいけど……もう一度贋作するためよ」

「はあ?」

「自分の作品が、一度ぐらいの鑑定で見破られたのが気に入らないそうよ」

「はあ……」

 ったく、人間って奴は……。

 溜息をつきながら角を曲がりかけて、向こうから来た人間と嫌という程ぶつかった。

「わぎゃ!」

「¡Perdóname!」

「No se preocupe. 」

 とっさにスペイン語が飛んで来て、答えられない俺に代わってお由宇が応じてくれた。済まなそうに顔を上げた男が俺を見つめ、ぎょっとした顔になる。その顔を見て、俺も思い出した。

「あれ、あんた、確か」

「失敬!」

 俺の問いかけを遮り、相手は慌てたように俺達の側を擦り抜けた。そのまま駆け足で、白い壁に囲まれた小路に消えていく。

「知り合い?」

「知り合いと言うか……確か、上尾旅人とか言う奴だよ」

 大学に居たろ、と振ってみたが、お由宇は覚えがなさそうに首を傾げる。

「気のせいか、俺達の行く所行く所に居やがるな…」

「行く所行く所? どう言う意味?」

 お由宇の声がわずかに緊張したのに、思わず振り返った。

「いや、たぶんだけど、バラハス空港にも居たし、アランフェスじゃ痴話喧嘩してたし」

「どんな?」

 お由宇が突っ込む。

 珍しい。こんな噂話にお由宇が興味があるとは。

「うん、確か…」

 思い出しながら話すと、お由宇は次第にきつい目になった。

「暢子? 暢子と言ったの?」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「ちょっと待って」

 お由宇はハンドバッグの中から、数枚の写真を取り出した。そのうちの1枚を俺に見せる。

「その子って、こんな感じ?」

「え?」

 スナップを見つめる。学内の食堂近くの写真、確かにあの娘の顔があった。そればかりじゃない、それは…。

「どうなの?」

「あ、ああ、この子だ」

「あなたの才能に感謝なさい。私達、見当違いを捜していたのかも知れないわよ」

「見当違い?」

「この娘の名前は汀暢子。佳孝とローラの一人娘なの」

「っ」

 どきっ、と心臓が跳ね上がった。瞬く間に頭の中の空白が埋まる。

 そうだった、去年の学園祭でフラメンコを踊って見せた娘の名前が汀暢子、スペイン系のハーフだと聞いたことがある。

「佳孝から『青の光景』を奪ったのは朝倉周一郎、恨んでも不思議はないわ」

「ちょっと待ってくれ」

「まだ何かわからないことがあるの?」

「いや、その例のカード、ほら、話したろ、ローラ・レオニのカード」

「あれが?」

 学園祭の時に、いやにきつい目で俺を睨みつけていた娘がいた。化粧っ気がないのでピンとこなかったが、あれに相応の化粧をすれば、汀暢子にひどく似てくる。あの時、暢子は俺を睨んでいるのだとばかり思っていた。けれど、本当に睨んでいたのは、周一郎の方だったのかも知れない。

 それに、だ。

 確か、あのカード、あの娘が消えた後に落ちていた気がする。

「罠、ね」

 お由宇が冷ややかに断じた。

「ローラ・レオニのカードで周一郎をおびき出せるとわかっていたんだわ」

 そして、周一郎は俺にポートレートと読みかけの本を返し、さよならも言わないで旅立ってしまったのだ。

「¿Hay algún mensaje para mí?」

「Aquí está.」

 ホテルへ帰り着いた俺達を『ランティエ』からの伝言が待っていた。さっと目を通したお由宇が凍てついた声で言った。

「アルベーロが殺されたそうよ。『燈火のキリスト広場』で待つ、とあるわ」

 どこか遠い夜の国から、黄色い塔に宿る鐘が響き始めたようだった。


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