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『青の恋歌(マドリガル)』~猫たちの時間11〜  作者: segakiyui
4.騎手の歌(赤い月)

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「おっ…おいっ…」

 俺ははあはあ言いながら、前を歩くアルベーロと高野に呼びかけた。緩やかになったり急になったり曲がりくねる坂道を登り、入り組んだ街並みを通り抜けはじめてから、かなりの時間になる。

「まだかよ…」

 高野が手早く俺のことばをスペイン語に直して伝えてくれたが、アルベーロはいつものようににっと笑い、一言答えた。

「Si.」

「あ…そう…」

 いくらスペイン語に疎いからと言っても、これぐらいの意味はわかる。つまりはまだまだですよってことなんだろう。俺は溜息を吐きながら、重怠い足を持ち上げる。

 グラナダ。マドリッドの南、491km、N4号線でマドリッドからバイレンまで、続いてN323号線を走って辿り着く、荒涼とした厳しさを感じさせる大地と空。ガルシア・ロルカも、このグラナダ郊外で生まれ、内乱で処刑された。かの有名なアルハンブラ宮殿もあるにはあったが、俺達はダーロ川を隔てたアルバイシンの右手に続く聖なる山、ジプシー達の住むところとして名高いサクロモンテの丘を、アルハンブラに背を向けて進んでいた。

「この辺りに住んでいるのは…定住のジプシーです」

 さすがに息を切らせながら、高野が説明してくれた。

「ジプシーにも、大別して2つあります。1つは…昔から知られている通り……国の中を、あるいは国々を流れ歩くジプシー……もう1つは…この辺りを……中心として…定住生活を……しているジプシー……」

 岩を彫り抜いたような錯覚を起こす戸口から、物珍しさだけではないような視線が俺達を追う。

「流れているジプシーに……『ガージョ』が近づくのは難しいですが……最近…定住ジプシーの間では……『ガージョ』と縁組をする者も増えていますし……比較的…接触はしやすいでしょう…」

「『ガージョ』?」

「ジプシー以外の人間を……ジプシー達はそう呼んで区別しているんです………彼らは『自然の王者』…ロムニで……私達とは違う…という訳です。……流れているジプシーは……『ガージョ』との結婚はほとんどありませんし……もし結婚した場合は……状況によってはジプシーからの追放も……あります」

 高野は少し足を止め、照りつける陽射しに眩そうに目を細めて、息を吐いた。

「ジプシーは集団の民です。仲間からの追放は、彼らにとっての死をも意味します。仲間から離れ、1人で生きること、孤独は彼らの最大の脅威です」

「ふうん…」

「Sr.Takano!」

「Si! 行きましょうか」

「ああ」

 俺達は再びアルベーロの後について、サクロモンテの中を歩き始めた。

 陽は次第に傾き、家々は夕暮れの中へ沈み込んで行こうとする。賑やかさを取り戻してくる街並みを歩く俺達の側を、子どもが2人、じゃれ合うようにすばしこく走り抜けて行った。踊るような軽い足取り、一陣の風のように通り過ぎる。

「滝様」

「ん?」

「貴重品には気をつけて下さい」

 さりげなく肩を並べながら、高野が囁く。

「盗みは悪いことではない、富んでいる者から貧しい者に金品が与えられるのは、当然の事という思想があります」

「でも…あんな子どもが…?」

「子どもでも一人前の稼ぎ手ですよ」

「ふうん…」

 流浪の民、ということばほどロマンチックな存在ではないということか。けれども、歴史の裏に追いやられ、戦争時には狩り立てられ、飢えと渇きに耐え、なお生きることに情熱をも燃やし、昨日を悔やまず、明日を憂うことなく、今日の祭りに生命を捧げる彼らを、単なる同情や憧れで見るのは間違っている、と熱く語った書き手もいた。彼らの生き方には、現代人が失ってしまった『生きること』への深い悼みと問いかけ、慈しみと情熱があるのだとも。

「Sr.!」

 先を歩いていたアルベーロが、1つの入り口の前に立ち止まって振り向いた。

 どうやら目的地に着いたらしい。

 彼に続いて恐る恐る小さな暗い間口を潜って入ると、中は小舞台風に中央を空けた、居酒屋のような店だった。まだ時間が早いせいだろう、人影は少なく、外国人の俺達を舐め回すような視線がきつかった。

 席を予約していたのか、1つの席に滑り込みながら、アルベーロは早口で何か話した。

「え?」

「誰かと待ち合わせたようです。もう少し待たなくてはならないようですが」

「ああ」

 時計は19時過ぎを指している。

「タブラオ…のようですが、あまり安全な所とは言えないようですね」

「タブラオ?」

「フラメンコを売り物にしたレストラン、とでも言いましょうか。大抵は、夜の11時過ぎから、フラメンコが始まるものですが……」


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