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第六皇女殿下は黒騎士様の花嫁様  作者: 翠川稜


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71「この準備段階で泣いたら目が腫れてしまいます」





 挙式当日の早朝――。


「うちの閣下もとうとう結婚かあ~」

「なんていうかさ、アノヒト、絶対結婚しないと思っていたよオレ」

「オレも~」

「しかも相手はウチの国のお姫様とか、ないだろう?」

「メチャクチャ惚れられてるってところがないだろうよ」

「それな」

「そこの新兵、このあと私語厳禁だ。配置に散れ」


 その指示を出したクラウスも、表情は明るい。新兵達は驚き、準備を確認したあと官舎を出て、領主館からクリスタル・パレスへ続く沿道に向かう。

挙式へ向かうヴィクトリアの馬車の警備態勢が徐々に整っていく。ウィンター・ローゼは、今日の挙式で街全体が浮足立っていた。




そしてなによりも――……。


領主館ヴィクトリアの私室内が一番浮足だっていた。

浮足立つというよりも、戦場と言っていいだろう。社交シーズンの夜会の準備とは規模が違い、ヴィクトリアの支度にかかる人数も大幅増員されている。


「姫様が早起きの方で助かりました」


 朝一で私室に設置されている個人のバスで侍女数名がかりで磨き上げられ、水分を取らされて、全身のマッサージ、特にフェイシャルマッサージは念入りに、メイクも花嫁衣裳の用意もと専属メイドのアメリアをはじめ、帝都からも皇城にいた専属侍女一人がこの日の為にヴィクトリアの元に参じ、挙式準備に指示を与えていた。


「くれぐれも、挙式とその後の晩餐用衣装を間違えないで、小物もです!」


その一言に、支度を任されている侍女達は声を揃えて返事をするが、小物を用意していた担当者がビクリと肩を震わせた。

そして手にしている赤い魔石に視線を落とした。


――この魔石を小物のどれかにつけるだけでいいのよ。


数日前、彼女はある女に呼び出されてこの魔石を渡された。第六皇女ヴィクトリアの側近くいる侍女は皆、念入りな選定を経て職務につく。自分より職位の低いメイドから呼び出しの手紙を渡されたのだ。

 指定の場所は今このウィンター・ローゼにおいて、諸外国の要人や国内の有力貴族が第六皇女挙式の為に入領し、定宿とする高級ホテルだった。

それなりの身分でなければ足を踏み入れられない場所といっていい。

そこを使うのなら呼び出した相手はしっかりした身元だ。自分の家族について知らせたい旨とは何かと足を運んだら、貴族の女性と思しき女が自分に進み出て告げたのだ。


――この魔石を小物のどれかに近づけるだけでいいのよ。


 美しいが得体のしれない女性から渡された魔石。赤く光る魔石は白で統一された花嫁衣裳には目立ちすぎる旨を告げた。

 目の前に現れた女も得体が知れない女だ。


――大丈夫、宝飾品に近づけただけですぐ消えて、しっかりつくようになっている術式を施した魔石なの。とある高貴な方が祝いにと殿下にお渡ししたかったそうなのよ。でも社交シーズン中ではその機会もなかったんですって。


怪しいと思った。

美しい女はクスクスと笑う。どこかで見たことのある顔だが思い出せないのも不快だった。

断固として断ろうと意を決して女を見つめた侍女は女の言葉に心臓が凍るかと思った。


――できなかったら、貴女の家族の命はないと思ってね。他言無用よ。


ヴィクトリアの私室で挙式準備に慌ただしい侍女達の一人が彼女に声をかける。


「小物のチェックは終わったかしら?」


彼女ははっとして、自分の立場を思い出した。そしていきなりかけられた声に驚き、あの不審な女から渡された魔石をヴィクトリアの身に着けるネックレスに近づけてしまっていた。 

彼女は目を見開いてネックレスに視線を落とす。魔石はネックレスにあっという間に吸い込まれるようにして消えていく。

一瞬の術式がネックレスの周辺に漂い、すぐに消えた。


――なんてこと……どうしよう……。どうすればいいの?


「あ、あの……」

「やっぱり綺麗よねえ、さすがうちの姫様が身に着けるものは違うわ」


 同僚はそのネックレスに視線を落とす。

 ジュエリーケースの中のネックレスは魔石を吸い込む前と変わらない輝きで、独身の侍女達が見ればうっとりとしてしまうものだ。

 言葉に詰まる彼女に、同僚は振り向かずに声を掛けた。


「もう、見惚れちゃうのはわかるけど、他にもやることはあるので、急がないと! そろそろメイクに入ってドレスの着用だから準備して頂戴」


声をかけられた彼女が今にも泣きだしそうになっているのを、その場にいる誰も気が付かなかった……。




 準備に忙しない彼女達の横でアメリアが当日の進行をヴィクトリアに言い聞かせる。もちろん、その間にもヴィクトリアは数人がかりで、頭の先からつま先まで磨き上げのためもみくちゃにされていた。 

「閣下と姫様は、別々に挙式会場のクリスタル・パレスに向かいます」

「マルグリッド姉上は大丈夫かな……」

 第七師団の団員はウィンター・ローゼに挙式参加の為に集う要人の警護も担っており、そこから昨夜、マルグリッドの懐妊という吉報を知らせされたヴィクトリアだ。

「メルヒオール様から会場の設営は問題ないとご連絡を受けておりますが」

「そうじゃなくて、それはありがたいけど、姉上……、お身体、大丈夫かな……」 

「ご懐妊はご病気ではありません。個人差はありますが。マルグリッド殿下の専属侍女から受けた手紙ではマルグリッド殿下は比較的、平常通りの行動をされているとのこと、姫様の挙式は楽しみにしておいでのご様子ですので」

 何しろ子供のいなかったマルグリッド。フェルステンベルグの後継問題で他の貴族からも何某かの詮索や牽制や嘲笑や当てこすりもあっただろう。

 それでも社交界の華として、周囲を黙らせていた。その彼女の懐妊ならば、夫君であるメルヒオールの様子が想像できる。

 それこそ下にもおかない扱いで「いやもう、結婚式参列とかはいいから、すぐにフェルステンベルグ領へ帰ろう!」とか言い出しかねないとヴィクトリアは危惧していた。


「もとよりマルグリッド殿下は、ことのほか姫様を可愛がっておいでです。妹君の挙式には出席すると、メルヒオール様にも言い切ってるご様子。それに今回は国一番の治癒魔法を行使できる皇妃陛下もご参列されるのですから」


 確かに、母上がいるから大丈夫かなとヴィクトリアも思う。


「ネイルはもう少し、下地の色を抑えて淡く華やかに」

「はい!」


 ヴィクトリアへの報告をしながらも、専属侍女達への指示も時折アメリアは口を出す。


「ロッテ様が改良してくれた魔導具で、挙式の映像の保存もできるそうですよ」

「保存……」

「お二人の一番お幸せな場面を残せるものをと」

「ロッテ姉上……」

「クリスタルパレスまでは第三師団が護衛につきます。ヒルデガルド殿下が、絶対に譲らないと仰せでしたので、沿道の警備は第七師団がつきます」

「ヒルデガルド姉上も……」

「エリザベート殿下も昨夜、ウィンター・ローゼにご到着とのこと」

「姉上達、お忙しいのに……」


 ヴィクトリアは姉達の気持ちが嬉しくて、ほんの少し瞳を潤ませた。


「姫様、泣かないでください。この準備段階で泣いたら目が腫れてしまいます」

「でも~~」


 ヴィクトリアの身支度を整える侍女たちが、二人に言いづらそうだが告げた。


「アメリア様、お顔のパック終わりました」

「髪も乾いて、メイクに入りたいのですが……」


「支度の者も、こう申しておりますので、堪えてください」

「だって~~」

「ここで泣いて目を腫らしては、黒騎士様が不安に思われてしまいます。やっぱり俺じゃダメなのかと」

「それは嫌!」


 ヴィクトリアは泣き出しそうになる顔を堪えて、キリっとした表情になる。

 その様子を見てアメリアはメイク担当者に向かって頷く。彼女達はそれを合図とみて、ヴィクトリアのメイクを始める。

 メイクと同時に髪も整えられ、ハーフアップにベールに合わせてヴィクトリアのプラチナブロンドが靡くようにスタイリングをし、コルセットを締めて花嫁衣裳を身につけさせていく。

艶やかなサテンは見事なプリンセスラインを作り、デコルテから袖回りのオーガンジーが華やかな印象を与える。

衣裳担当したデザイナー達の気合が感じられるウェディングドレスを身に纏うヴィクトリアだった。

 花嫁衣裳を着つけさせたあと、髪にティアラのせ、花を散らし、宝飾品を付けさせる。

 ネックレスに魔石を近づけてしまった侍女は、ドキドキと心臓の音が耳の近くで鳴るのを感じていた。

 だがその侍女の心配や不安は、ネックレスを身に着けて、花嫁の仕上げに取り掛かっていくヴィクトリアの様子が変わらなかったことに、一瞬安堵を覚える。

ああ、あれはやはりただの祝いの品だったのかと……。

着用感を尋ねようとしたが、彼女は咽喉に違和感を感じた。

たった一言だ、きつくないかとか、肌に当たって違和感はないかとか、そういったことを尋ねるだけなのに、言葉出てこない。

さっきまで同僚に声を掛けられて、返事をしていたのにもかかわらず……。


――……やっぱり、家族を盾にしてまで、祝いの品の魔石を……って……おかしかったんだわ! ああ、どうしよう! 姫様!!


 侍女の焦りを周囲は気が付くことなく、ヴィクトリアの支度の仕上げに取り掛かって、当のヴィクトリアはそれこそ、花がほころぶような笑顔を浮かべる。

 その旨を告げたいのに声がでずに、泣きたくなる。実際に泣いていた。


「この子ったら、感激して声も出ない様子ですわ、姫様、お綺麗です!」


 侍女達は各々、頷く。


「ヒルデガルド殿下がエスコートにお越しです」


 取り次ぎをした侍女がアメリアにヒルデガルドが来た旨を告げる。


 ――どうして、声がでないの? ああ、私のせいなの? 私がこの場に、あの得体のしれない女から渡された魔石を持ち込んだこと自体が……っ。姫様、お待ちください! そのネックレスを外して確認を! 誰か、気づいて! 気づいて! ああ、どうか、神様……――


 式場へと向かう為に、花嫁衣裳に身を包んだヴィクトリアが退出していく。

 黒騎士様がかつて、彼女のようだったと告げた白いバラをメインにした菫色の花を細かく散らした綺麗なラウンド型のブーケを持って。

ベールとトレーンを他の侍女達が取り持ち、待ちに待った挙式の会場へ、最愛の黒騎士様が待つクリスタル・パレスへと、春の女神のような幸せそうな笑顔を浮かべヴィクトリアは退出していく。


 華やいだ空気の残る私室に、たった一人黒い闇のような不安を抱えた侍女を残して。






明日9/30第六皇女殿下は黒騎士様の花嫁様5巻が発売されます!

書店様にお立ち寄りの際はぜひ、お手に取って頂けると幸いです!m(__)m

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