45 「ご承知とは思いますが、視察のように優雅な行軍ではありませんよ」
ヴィクトリアは抱き上げてた子供を母親に任せて、ニーナの傍に近づいて彼女の髪や肩にかかる雪を払い落す。
「オルセ村への雪崩の被害は?」
シュワルツ・レーヴェ領でも、このウィンター・ローゼの次にオルセ村は人口が多い。この季節畑仕事はないとしても、酪農として豚や鶏、牛、馬等の家畜の多さは他の村とは規模が違う。
もしそれが鉱山の採掘事務所だけではなくオルセ村の方まで被害が及んでいたらとヴィクトリアは危惧したが、ニーナは首を横に振った。
「ありません、村の方は無事です。運よく手前の森が歯止めになったようです」
第七師団もそこにいた元ナナル村の住人達もその一言に、ほ~と安堵の息を漏らした。 アレクシスはフランシスにすでに救援の為に部隊編成を整えるように指示をだし、その場にいた第七師団の団員達はクリスタル・パレスを後にする。
「なだれ、この、まちにもくる?」
小さい子供たちはヴィクトリアの服を掴んで尋ねる。
「ここは平気、コンラートさんたちが作った街だから大丈夫よ」
「姫様も助けにいくだが?」
「黒騎士様が連れて行かないって言ってもついていきます。いいでしょ? 黒騎士様」
「一度領主館に戻ってお支度を」
「……」
アレクシスの了承が即断だったので、ヴィクトリアの方が驚く。いつものなら、危ないからここで留守番してなさいとか、もっともらしくウィンター・ローゼも被害にあわないようにここにいて守ってほしいとか、そういう理由をつけてヴィクトリアの随行を渋るのかと思っていた。
「お留守番されますか?」
「いやです!」
拳を握りしめて即答するヴィクトリアに彼は苦笑する。
「ご承知とは思いますが、視察のように優雅な行軍ではありませんよ」
「わかっています」
アレクシスの手を掴んで、ヴィクトリアはクリスタル・パレスを後にした。
災害用貯蔵庫で、救援物資をアイテムボックスに詰め込んでから、領主館に戻りヴィクトリアはアメリアに手伝ってもらい支度をする。
「先日、お召し物を注文する際、視察用のお召し物も依頼していてようございました」
視察用の服をヴィクトリアに着せながら、アメリアは言う。
「ありがとう、アメリア……あとは自分でなんとかする。アメリアは今回は視察じゃないのでここにいてね。危ないから」
「大した魔力もございませんので、皆さまのお邪魔にしかならないのは承知しております。それに今回、同性の随行はニーナさんがいてくださいますから安心しております」
「そっか……ニーナさんがいてくれるからかな? 黒騎士様が付いて行ってもいいって、最初からそう言ってくださったの初めてなの。いままでだったら絶対お留守番とか言われそうなのに、なんか嬉しい、頑張ってくる」
それは多分、ここにヴィクトリアを置いて救援に向かった場合、ヴィクトリアに何かあったら守れない為かもしれないとアメリアは思う。
「姫様……これをお持ちください」
アメリアから手渡されたのはシャルロッテが開発した通信機だった。
「ロッテ殿下がすでに個人でお持ちです、ウィンター・ローゼとの連絡がつきます。いくら魔力があっても、油断なさらないように、閣下と、ニーナさんのいうことをよく聞いてご無事でご帰還ください」
「うん、ありがとう、アメリア」
すでにアメリアがシャルロッテと工務省には連絡をつけている。
ウィンター・ローゼにシャルロッテが残るなら、何かあってもあの姉が上手く対処してくれると思うと安心できる。
応接室に戻ると、ニーナとアレクシスがヴィクトリアを待っていた。
「お待たせしました。行きましょう!」
第七師団の内機動力を持つ小隊は既にオルセ村を目指して出発していた。街門前までいくと、一人の女性が立っていた。
鉱山で働くテオの姉のマリアだった。
まだ昼前ではあるものの、ムーラン・ルージュに勤めているマリアにとって本来ならまだ夢の中の時間のはずだ。
ヴィクトリアはアレクシスに頼んで馬から降ろしてもらう。
「殿下……」
「テオは大丈夫よ、きっと、鉱山は地中奥深いところまで採掘が進んでる。そこにいれば自然と雪崩はやり過ごせてるはず、その希望は捨てないで」
「……でも……鉱山についてる工務省の人達は……」
「子供たちだけじゃ心配だからついててくれてるし、自ら採掘してる人もいるから」
ヴィクトリアはそう言って、マリアの肩から崩れているショールを首に巻きなおしてやると、マリアの瞳に涙が浮かぶ。
「わたしはそう信じてる。だからマリアさんも信じて待ってて」
マリアの弟テオは、このヴィクトリアを襲撃したことがある。自分の命を狙ったのに、生かして仕事を与えて、危機があればこうして彼女は助けに自ら行こうとしている。
そう思うとマリアはヴィクトリアの手を握る。
「殿下がご無事であれば……」
「大丈夫、もう、行くね。急がないと」
マリアの手を離して、ヴィクトリアはアレクシスに馬に乗せてもらう。
そして駅の周りにいる工務省のメンバーと街のみんなに見送られて、先発する第七師団の小隊が向かったオルセ村へと向かった。
オルセ村への道は、クロとシロがずっと雪かきをしていたこともあって、この冬場でも雪で埋もれることのない道にはなっていたが、確かに馬車は通れない。車輪が雪に埋もれてしまうだろう。
「そのうち、姉上に頼んでいろいろこの雪道を進めるような……馬以外の乗り物を作ってもらいましょう」
「……まさかそれができますか?」
「きっとできます。あの人なら。だってこの辺境から帝都までを鉄道走らせようと考えてるんですから」
「今後、帝国の最先端の技術はこの辺境領から生まれるわけですね」
「黒騎士様の領地、すごいですよね! その資源を守る鉱山で働く人を早く助け出さないとね!」
アレクシスは頷いて、ニーナに指示を出す。
「ニーナ、クロを先導させて進め」
「了解しましたああ! クロちゃん! オルセ村までダッシュよー!」
先頭をいくクロの背中にはしっかりアッシュがのっかって小さく吠えている。
その後にシロの背に乗ったニーナが追う。
オルセ村に到着すると、村人がすでに炊き出しを行っていた。
雪崩災害があってから鉱山への道を必死でゆきかきしていたらしい。
「領主様ー! と……姫様……だが?」
アレクシスと一緒にやってきたヴィクトリアを見て村人たちは首を傾げる。
「ほら、ウィンター・ローゼにでっかい橋をかけたあと、倒れてしまったべ、そのあと、大きくなったとルッツが言ってたべや!」
「……なまら別嬪さんになってねえが!」
村長を始めとする村人たちの言葉をヴィクトリアは遮るように質問をする。
「状況は!?」
ヴィクトリアが尋ねると、先着していた第七師団のヘンドリックスが伝える。
「ニーナの報告どおり、オルセ村と鉱山前にある森が雪崩をせき止めていますが、雪がひどく鉱山への道が途絶えてます」
「……」
「村人と、先着した小隊でなんとか森の前までは道筋をつけることができました。オルセ村総動員で」
「ありがとう! 黒騎士様、わたしをその森の前まで連れてってください」
先着した第七師団の案内の元、鉱山前の森につく。
厚い雪雲の向こうにある太陽がすでに傾きはじめ、夜の闇が近づいていた。
ヴィクトリアは無詠唱で光明の魔法を使い、周囲を照らす。
「殿下、光明の魔法を展開させても、この状況は把握できかねます、一度オルセ村に戻ってから明朝にご確認を」
ヴィクトリアは形のいい唇を噛みしめる。ただでさえ広い辺境とこの雪で、災害現場まで最速で駆けつけても一日を費やしてしまう。
「今後また同じ場所に雪崩が起きないともしれません、殿下、二次災害を防ぐためにも一度オルセ村までお戻りください」
ヘンドリックスにそう言われて、ヴィクトリアはがっくりとうなだれる。
この辺境の地で育った彼の言葉には説得力がある。もう大丈夫と思ってもなにがおこるかわからない。
しかし……。
――いくら魔力があっても、絶対大丈夫と言い切れない……これが辺境地の大自然。
やろうと思えばその森ごとヴィクトリアは焼き尽くすこともできるが、生存者や遺体を考えるとむやみにそれを発動もできない。
「殿下、そのお力は明日、存分にお使いください」
アレクシスにそう指摘されてヴィクトリアは両手で頬を抑える。
「……顔に出てました?」
「森ごと焼き尽くしてやろうと思っていらした」
「……手っ取り早いですけど、それをしたらもし、今後、雪崩が起きたらオルセ村を雪崩から守る術がなくなってしまいますからやりませんよ」
「オルセ村もその昔雪崩の被害にあったことがあるそうです」
アレクシスの言葉に、ヴィクトリアはアレクシスを見上げる。
「その過去があって、オルセ村の村人はあの森を作ったのですよ」
「猶更、焼き尽くすことはできませんね。植林してあそこまで大きくさせた森なら」
「殿下。クロちゃんとシロちゃんが、夜の間にイヌ科の仲間を呼んで、道筋を作ってくれるそうです!」
ニーナがヘンドリックスと一緒に馬に乗ってアレクシスとヴィクトリアに追いついてそう告げる。
「本当!?」
「だから逆に、この森近辺から第七師団は下がらせた方がよいかと」
ヘンドリックスも続けて伝えた。
「よし、作業に残ってる者にも全員、オルセ村に一旦撤収を伝えてくれ」
「了解です」
アレクシスの指示に、ヘンドリックスは馬を一旦、森の方へと戻して撤収の知らせを告げて回っていく。
村に戻ると村人が第七師団を迎え入れてくれた。
「領主様、姫様、寒かったべー、あったまるとええだよ」
村の広場の中央に、焚火を起こして、待っていてくれた。
「知らせ受けてさっそく来たんだべ?」
「休まず森さまで行って、日が暮れてしもうたら疲れも出るべ」
「みんな……みんなも、鉱山の為に雪かきしてくれてたんでしょ? ありがとう」
「領主様と姫様がこの地にきて鉱山からはいろんなもんが採掘されて、うちの村にもいろんな商品が去年とは段違いで入ってきたべ、あったりまえだべさ」
「軍人さんたちもあったまってけ~」
「雪さおおぐて、大したもんつくれんけど、腹へってんべ」
根菜をたっぷりいれたシチューが炊き出しで振舞われている。
第七師団の団員たちはそれを食べて一息ついているようだ。
「あと、寒いべ、これもええで、仕事は明日なら」
村人が渡すマグカップに注がれたそれの香りでアレクシスは団員に注意する。
「飲みすぎるなよ」
その言葉にヴィクトリアは首を傾げる。
「え? それお酒なの?」
「ホット・ウィスキーだべ」
「……中からあったまるべ?」
村人はそう言う。この冬の厳しい環境では確かにそれはそうなのだが、問題は……美味すぎるということだ。
「殿下はやめておいた方がいいでしょう、二日酔いになりかねません」
「んだば、こっちがええでねえの?」
ほいと村人から渡されたマグカップからはフルーティーな香りがする。
「ホットワインだべ」
アレクシスが注意する前に、ヴィクトリアはそれを一口、口にした。
「あったまるべ?」
村人の言葉に、ヴィクトリアはうんうんと首を縦に振る。
しかし、連絡を受けてすぐにここまで来て、被害現場までとって返したヴィクトリアにとっては、口当たりよくとも熱でアルコールが多少飛んでていても効いたらしい。村人の薦める炊き出しを食べている途中でスプーンを持ったままうとうとしてし始めてしまった。
ヴィクトリアが落としそうになる食器を傍にいる村人に渡して、ヴィクトリアを抱き上げる。二日酔いにはならないだろうが、と思いながら、宿のほうへヴィクトリアを連れて行く。
「殿下!?」
フランシスが慌てるが、アレクシスがヴィクトリアを抱きとめる。
「いきなりの強行軍の後のアルコールだからな」
生存者がいるかいないか、そんなことを思いながらたいして眠れずに夜を明かすよりも、マシといえばマシなのだが……。問題は……。
「……もしかして、閣下寝ずの番で……」
「『近づく者は俺の屍を超えて行け』な感じで守れといったのは、お前だろ?」
フランシスにそう言うと、彼は頭を下げる。
「ニーナが戻りましたならば、閣下も仮眠をお取りください」
――……そんな美女の寝息を聞きながら一晩過ごすなんて、生殺しにもほどがあるっ!
自分がアレクシスに対して言い出したことだが、これはあまりにも試練すぎるとフランシスは深々と頭を下げたままアレクシスを見送るのだった。




