惑う恋 ~春だからⅠ~
《会いたい。会って話がしたい。時間を空けてくれないか》
彼からメールが来たのは、数日前。
久しぶりに彼の名前が携帯の画面に写し出された。
本当に久しぶりだった。
いつもなら、忙しいからとメールを送り返すところだったけど、この日は何か違うものを感じて、スケジュール帳を見ながら、何とか空いている時間を見つけ出して、メールを返したのだった。
一年も会っていない恋人。
入社して三年。
会社にも部署にも慣れて、後輩もできたし、時間にもゆとりができて、彼ともうまくいっていた頃だった。
このまま、彼と結婚するんだろうなと思っていた。公私ともに充実した日々。
そんな時に突然の配置換え。
新しい部署を立ち上げたのに伴っての人事異動だった。
責任者は課長で、現場を取り仕切るのは主任。わたしは副主任という立場だった。
異例の抜擢だったらしい。
初めての大役にわたしは無我夢中だった。
今までは、後輩はいても、上司がいたから、指示に従っていればよかった。
けど、今回は違う。
副主任という立場上、何度も決断を迫られる。試される。
最終的なものは責任者が決めることだけど、自分の意見を持つことや、取引先の会社の業務内容から専門的な知識まで、勉強することが必須だった。
することは山ほどあって、睡眠時間も削って、とにかく、必死だったのだ。
そんな毎日を送っていると、当然恋人と会う時間は中々取れない。
それでも、最初のうちは、無理してでも時間を取っていたけれど。
忙しくて、疲れて、でも、彼に会えば心も体も安らいだから。
けれど、それも最初のうちだけだった。
連日の会議と勉強と、相手方との打ち合わせ。
何度も何度も繰り返される日課は気がつけば、日常化して当たり前になっていた。日常に忙殺されて、彼のことは二の次になる。
約束をしても、急に会議が入ったりして、ドタキャンが続く。
その度に彼とはけんか。電話口では彼の顔は見えないから、余計に口は悪くなる。
彼は公務員だから、土、日、祝日は休み。
でも、わたしはサービス業。土、日も祝日もない。希望休は取れるけど、わたしが彼に合わせてばかり。
いつものこと、わかっていても、なかなかわたしの状況をわかってくれない彼にいらだって、当り散らしたことも何度もあった。そのあとは、反省して謝って、仲直りして。それの繰り返し。
この頃が一番つらかったかもしれない。
それと反比例するように、だんだんと仕事が面白くなって、楽しくなってきて。仕事にのめり込むようになると、わたしからは連絡を取らなくなった。彼からメールが来ても、電話が来ても、忙しいの一言で済ませてしまっていた。
会っていろんな感情にかき乱されるのが嫌だったし、何より、休みの日に彼との時間を取るのが億劫になったのだ。
休みの日はゆっくりと自分の時間、自分だけの時間を取りたかった。
ここまで来ると末期症状だったのかもしれない。




