恋の種
それは本当に小さな種で、芽なんか出せるはずもない小さな小さな種のはずだった。
わたしはその存在すら知らなかったのに。
気付かない間にそれは確かに育っていて、いつの間にか種は大きくなっていた。
見目麗しいイケメンで、仕事ができて、上下関係もそつなくこなす完璧な上司。自分に厳しくて、他人にも厳しい冷たい人。
彼の部署に配属された時の第一印象。
それまでは同僚と遠くから眺めているだけで、てきぱきと仕事をこなす格好いい様を伝え聞くだけの、一般的な憧れの対象でしかなかった。
彼の姿を垣間見るだけで、きゃあきゃあと騒いで、同僚たちと情報を交換し合って、好きなタレントを追いかけるみたいにはしゃいでいた。それだけだった。そこには何の想いもなく、何も望んでいなかった。
まるで雲上人のように手の届かない人だと思っていたから、夢見るみたいに憧れていられたのだと思う。
初めての部署で何もわからないのに、次から次へと仕事は増えていく。
わたしの実力以上のことを求めてくる彼。
怒鳴られたのも、一度や二度じゃない。
同僚たちは彼と仕事ができて羨ましいと、口々に言っていたけれど。
羨ましいんだったら、代わってあげたいくらいだった。
にこりともしない厳しいだけの上司。
彼が嫌いだった。
仕事に慣れ、楽しくなってきていても、彼に対する苦手意識はずっと消えなかった。




