彼と彼女 ~僕だけの秘密3~
抱きしめるのがダメでも、手はいいよね。
僕は解いた腕をおろすと、陽菜の手に触れる。
手を握りしめて、
「ねっ、陽菜。今から帰るんでしょ? 遊びに行っていい?」
うずうずと待ちきれない気持ちで尋ねた。
どっちにしても遊びに行こうとは思っていたけど、こんなに早く会えるとは思わなったから、すっげー、嬉しい。
しかも、街中でこんなに偶然に会えるなんて。
見かけなかったら友達と遊びに行っていたからね。
今日はついてるよね。
「いいけど、歩夢」
よかった。このまま一緒に帰ろって言おうとしたら、待ったがかかった。
なんで? と思っていたら、
「白河くん、ちょっと、待っててくれる?」
「・・・ああ、うん」
男の声に初めて陽菜が一人ではなかったことに気づく。
陽菜しか見えてなかったから。
陽菜の隣にいる男。
白河?
陽菜、今、そういったよね。
こいつか。
携帯の着信履歴の男。
僕は陽菜の後ろに隠れるようにして並んだ。
陽菜の手に指を絡めて、こいつに見られないように隠す。
いつものことだから、陽菜も僕にされるがまま。
さり気なくを装う、日頃の努力って大事だよね。
弟だと思っているから、何の疑問も持ってないんだよね。
でも、ホントの弟だったらこんなことしないよ。
わかってるのかなぁ?
簡単に騙される陽菜ってホント可愛い。
僕は満足して、目の前の男を見た。
どんなやつだろう。
「・・・」
イケメンじゃん。
王子様的な正統派の美形。
すらっとしていて身長も理玖ぐらいありそう。見上げる目線が同じくらいだから。
うあ。なんでこういうやつが陽菜の隣にいるんだろ?
女に不自由しなさそうだから、陽菜でなくてもいいんじゃないかな?
あれ?
そういえば航太いないよね。
僕は視線を左右に動かして航太を探す。
いないじゃん。
航太のやつ、何してんだろ?
いつも航太と一緒にいると思ってたから。
他の男のことなんて想像もしてなかった。
何か、あったのかな?
それにこいつ、陽菜とはどんな関係なんだろう。
彼氏とかだったら、許さないよ。
とにかく、家に帰ってから、じっくり聞いてみよう。
「歩夢。遊びに来るのはいいけど、泊りはなしだよ」
男の観察も終わった頃、陽菜が諌めるような顔をして僕を見た。
「どうして?」
「この前、歩夢。遅刻したでしょう?」
「ああ、そうだったね。でも10分くらいだよ」
あの時のことか。ゲームに夢中になって夜更かしして、一緒に寝過ごしたんだよね。
その時間差は許容範囲だと思うんだけどな。
「そのことでお母さんに怒られたんだよね」
「でも、あれは陽菜が悪いと思うんだけど? 陽菜が夢中になっちゃうから、僕、寝られなくなったんだよ?」
ちょっと、口を尖らせて、拗ねるように言ってみる。
男の顔が蒼白になった感じがするんだけど。
睨まれているような気もするけど。
僕、なんか気に障るようなこと言ったかな?
「うー。それはそうだけど・・・」
陽菜がバツの悪そうな顔になる。目をそらした。
「だよね」
「う・・・ん」
その通りだから、陽菜もそれ以上は何も言えなくなった。
「わたしも悪かったんだけど、でもね、平日はダメだよ。今度同じことをしたら、お泊り禁止って言われたからね」
「ウソ。まじ?」
「まじだよ。お母さん、時間に厳しいこと知ってるでしょ? 小学生までは大目に見たけど、中学生ではそうはいかないわよって言ってたからね。こういう時は、母親でなくて、先生になるからね」
親が出てくると弱いよね。おばさんの言う通りしなきゃ。
まだ未成年だし、親の保護下にいるしね。
ここは言うこと聞いとかなきゃね。
でも、今夜は大丈夫じゃないかな。
「陽菜、今日は何曜日?」
僕は聞いてみる。
「ん? 金曜日かな?」
「だよね。明日と明後日は休み。お泊り、いいよね?」
僕は満面の笑みを陽菜に向けた。
陽菜はやられたみたいな顔をして、微かに苦笑い。
平日泊まれないのは残念だけど、週末は陽菜と二人きりになれる。
「いいよ。そのかわり、宿題すませてからね」
「もちろん。わかってるよ」
陽菜が教えてくれるなら、宿題持ち込むけど、難しくてわからないって教えてくれないから。時間の無駄なんだよね。
「じゃ、先に帰ってるから。陽菜も寄り道せずに、まっすぐ帰ってきてね」
僕は陽菜に手を振って、家へと急いだ。
帰りながら、陽菜の寝顔を思い出して。
今夜もね。
陽菜の唇は僕のもの。
僕だけの秘密。




