彼と彼女 ~好きになったのは俺5~
俺達はエレベーターに乗り込んだ。
「陽菜。この人と知り合い?」
陽菜の隣に並んだ俺を見て、気になったのだろう。
俺にしてみれば、やっと気づいたかって感じだけど。
まあ、シカトしてくれててもよかったんだけど。
二人の話に入れなかったから、悔しくはあったんだよね。
陽菜の関心はこいつにいっていたから。
俺って陽菜の中ではまだまだ存在感が薄いんだなって。
ちょっと、悲しくなった・・・
「うん。白河悠斗くん。同級生で送ってもらったの」
俺は軽く頭を下げた。
「俺は水上理玖。青藍高校の二年」
男子校か。一つ年上。
素っ気なく自己紹介を終えると、お前には興味はないとばかりに、陽菜の方を向いた。
「おれさあ、実は彼女に振られたんだよね」
しょんぼりとした態度で溜め息なんかをつく。
「そうなの? 理玖が?」
陽菜が心外そうな声を出す。
こいつが振られることは珍しいんだろう。
確かに、見た目はいいし、身長もあるし、ちょっと制服を着崩した感じが、野性的に見えて、女子受けはきっといいんだろうなとは思う。
「そう、だから俺今、傷心中。すっごい落ち込んでんの」
「そうは、見えないけどな」
陽菜も結構鋭い所をつく。
「顔で笑って、心で泣いてって。こう見えても心の中はズタズタなんだよ」
ホントかよ。
「そっかあ。失恋ってつらいよね」
こいつの言葉に納得したのか、陽菜がしんみりと言う。
何気に実感がこもっていると思うのは俺の気のせいか?
「ほら、ここ」
陽菜の手を取り、自分の胸に手を当てさせた。
こいつ、何やってんだ?
自分の体に触れさせるなんて、図々しいにもほどがあるだろう。
俺の陽菜に、触るな。触らせるな。
「ここがさ、すっごい傷ついてんの」
「うん。そうだね」
しばらくして手を離した陽菜の声が落ち込んでいる。
もしかして、自分と重ねちゃってたりしてる?
「だから」
開いたエレベーターの延長ボタンを押して、
「だから、今度、俺を慰めて?」
言ったこいつの言葉に陽菜は頷いた。
慰めてって、意味深な言葉。
こいつに絆されんなよ。断れよ。
心の中で思ったけれど、口には出せなかった。
俺は陽菜の彼氏じゃない。
「そうだね。にぎやかにパッとっていうのもいいのかも」
「じゃ、近いうちに連絡するから」
「うん」
陽菜の返事を聞いて、安心したのかエレベーターのドアが閉まった。
残されたのは陽菜と俺。
あれって、ぜったいわざとだ。俺へのあてつけ。
そうじゃなきゃ、俺の目の前であんなことはしないだろう。
体に触らせたり、約束をしたり。
それとも、俺への牽制?
どっちにしても腹立たしい。
なんとなく会話がなくなって、陽菜の部屋の玄関まできた。
俺は陽菜の目の前に手を差し出した。
「何?」
差し出された俺の手を不思議そうに見ていた。
「握手。握手しよ」
「いいけど」
陽菜は首を傾げながら、俺の手を取ってくれた。
よかった。
握った手は思っていたより小さくて、柔らかくて触り心地が良くて、ずっと握手していたかった。
あいつの手と体の感触を持ったまま、家の中に入ってほしくなかったから。
最後は俺の手で上書き。
それにしても、とんでもないやつがそばにいるんだな。
油断ならねえ。
負けられねえ。
陽菜――
俺の手の感触を覚えていて。
これからは何度でもするから。
俺のことを忘れなくしてあげるから。
俺の大好きな陽菜。




