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春花秋月  作者: きさらぎ
17/26

彼と彼女 ~好きになったのは俺5~

 俺達はエレベーターに乗り込んだ。


「陽菜。この人と知り合い?」


 陽菜の隣に並んだ俺を見て、気になったのだろう。


 俺にしてみれば、やっと気づいたかって感じだけど。

 まあ、シカトしてくれててもよかったんだけど。


 二人の話に入れなかったから、悔しくはあったんだよね。

 陽菜の関心はこいつにいっていたから。


 俺って陽菜の中ではまだまだ存在感が薄いんだなって。

 ちょっと、悲しくなった・・・


「うん。白河悠斗くん。同級生で送ってもらったの」


 俺は軽く頭を下げた。


「俺は水上理玖みずかみりく青藍せいらん高校の二年」


 男子校か。一つ年上。


 素っ気なく自己紹介を終えると、お前には興味はないとばかりに、陽菜の方を向いた。


「おれさあ、実は彼女に振られたんだよね」


 しょんぼりとした態度で溜め息なんかをつく。


「そうなの? 理玖が?」


 陽菜が心外そうな声を出す。


 こいつが振られることは珍しいんだろう。

 確かに、見た目はいいし、身長もあるし、ちょっと制服を着崩した感じが、野性的に見えて、女子受けはきっといいんだろうなとは思う。


「そう、だから俺今、傷心中。すっごい落ち込んでんの」


「そうは、見えないけどな」


 陽菜も結構鋭い所をつく。


「顔で笑って、心で泣いてって。こう見えても心の中はズタズタなんだよ」


 ホントかよ。


「そっかあ。失恋ってつらいよね」


 こいつの言葉に納得したのか、陽菜がしんみりと言う。

 何気に実感がこもっていると思うのは俺の気のせいか?



「ほら、ここ」


 陽菜の手を取り、自分の胸に手を当てさせた。


 こいつ、何やってんだ?


 自分の体に触れさせるなんて、図々しいにもほどがあるだろう。


 俺の陽菜に、触るな。触らせるな。


「ここがさ、すっごい傷ついてんの」


「うん。そうだね」


 しばらくして手を離した陽菜の声が落ち込んでいる。

 もしかして、自分と重ねちゃってたりしてる? 


「だから」


 開いたエレベーターの延長ボタンを押して、


「だから、今度、俺を慰めて?」


 言ったこいつの言葉に陽菜は頷いた。


 慰めてって、意味深な言葉。


 こいつに絆されんなよ。断れよ。


 心の中で思ったけれど、口には出せなかった。

 俺は陽菜の彼氏じゃない。


「そうだね。にぎやかにパッとっていうのもいいのかも」


「じゃ、近いうちに連絡するから」


「うん」


 陽菜の返事を聞いて、安心したのかエレベーターのドアが閉まった。




 残されたのは陽菜と俺。


 あれって、ぜったいわざとだ。俺へのあてつけ。

 そうじゃなきゃ、俺の目の前であんなことはしないだろう。

 体に触らせたり、約束をしたり。

 それとも、俺への牽制? 

 どっちにしても腹立たしい。


 なんとなく会話がなくなって、陽菜の部屋の玄関まできた。


 俺は陽菜の目の前に手を差し出した。


「何?」


 差し出された俺の手を不思議そうに見ていた。


「握手。握手しよ」


「いいけど」


 陽菜は首を傾げながら、俺の手を取ってくれた。


 よかった。


 握った手は思っていたより小さくて、柔らかくて触り心地が良くて、ずっと握手していたかった。


 あいつの手と体の感触を持ったまま、家の中に入ってほしくなかったから。


 最後は俺の手で上書き。


 それにしても、とんでもないやつがそばにいるんだな。

 油断ならねえ。

 負けられねえ。



 陽菜――

 俺の手の感触を覚えていて。

 これからは何度でもするから。

 俺のことを忘れなくしてあげるから。


 俺の大好きな陽菜。


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