16:現実恋愛『変化する気持ち、繋いだ手』
好きな人が欲しくて、誰が見てもイケメンだろう、同じクラスの不良男子を好きなことにした。
だっていつも聞かれるから。
女子は面倒、女子はしつこい、女子は怖い。
「ねぇねぇ、好きな男子いる? だれが好き?」
いないと言ったって信じてもらえない。
「え〜、何で何で? 教えてよ」「みんな言ったのに自分だけ言わないとかズルいじゃん」
聞きたくて聞いた訳じゃ無い。押し売り行為とさして変わらないのに、聞かされた言葉には返品がきかない。
どうして他の子達は、たいして接点も無いような男子を好きになれるのだろう?
少女漫画でよく目にするのは一目惚れ。
バチッと目が合った瞬間に恋に落ちて……って、そもそも人の目を見て話すのが苦手だから、目なんか合わない、会話なんてほとんどしない。
「ねぇ、ねぇ、好きな人できた?」
本当に、これだから女子は。
もう面倒だから。
「うん、できたよ」
「えっ、だれだれ?」
「おんなじクラスの高岡くん」
「え〜ウッソ!? あー、でも見た目はカッコいいかも。ねぇ、ねぇ、どんなところが好きなの?」
「うん、やっぱりかっこいいから……」
一般的な目で見てイケメンで、しかも相手は不良。好きな人が他の子たちと被っていないことも大事なポイント。
好きになった理由とするのはカッコいいから。分かり切ったことだから、からかわれない。
不良男子を選んだ理由はひやかされずに済むから。けしかけられずに済むから。普通の男子を選ぶと「告ちゃいなよー」とか「付き合っちゃいないよー」とか言われてきっとうるさいけれど、不良相手にそれは無い。例えクラスが同じでも、雰囲気とか、生息域とか、人間関係とか、全部違う。面倒事はごめんだから、積極的には一般人は関わらない……はずだった。
「山中、帰っぞ」
「……うん」
何でだろう?
どうしてこうなった?
高岡くんは知っている。
私が高岡くんを好きじゃないことを知っている。
「何で手を繋ぐの?」
「付き合ってるっぽく見えるっしょ」
私は知っている。
高岡くんが私を好きじゃないことを知っている。
知っている。
知っているけれど、気持ちは変わるから。
繋いだ手、絡めた指。
指相撲みたいに、親指を何度もなでられる。
「高岡くん、私と一緒にいて楽しい?」
「うん、普通に、のんびりできて楽しいよ」
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私が高岡くんを好きなことにしてから3日後くらいに、高岡くんから話し掛けられた。
「なぁ、俺たち付き合わない?」
断る言葉が思い浮かばなかった。
だって、自分は高岡くんを好きな設定だし、幾らか住む世界が違う気がすると言っても、クラスは一緒だし。
「自分には畏れ多いです。見ているだけで満足なので」
少しの沈黙の後、悩んで口にしてみた言葉は、相手を立て、自らをへりくだった言葉で、これ以上は無いくらいの模範解答に思えた。
「山中が俺のこと好きって話、クラスの奴らがしてんの聞こえたんだけど。でも、お前さぁ、俺のこと全然好きじゃないじゃん。その愛想笑い、引きつってるし。でも山中が俺のことを好きって言ったんだろ? 勝手に俺の名前使った迷惑料ってことで、しばらく俺と付き合えよ」
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「あ、いいのに。自分で持てるのに」
考え事をしている間に、反対の手に持っていた手提げカバンをサラリと奪われた。
「彼氏だから、一応」
面倒見の良い、普通に優しい人だと思う。
「高岡くんって何で不良?」
「さぁーなぁー、家庭環境?」
この質問は失敗だったろうなと思った。意識してみないと気付かないだけで、複雑家庭の子は意外と多い。学年が上がるタイミングとかで苗字が変わる子も毎年ぽろぽろいたりする。
「っぷ、山中、沈み過ぎ」
うつむいた顔を上げたら、私の顔を覗き込んでいた高岡くんと目が合った。
優しく細められた、切れ長の目。
一目惚れとは違うけれど、体温が一気に上がる。
どうしよう、手は繋いだまま。
指の付け根でしっかりと互い違いに交差している。
「手、離したい。ごめんね。私、手汗が酷いから」
「温かくてちょうどいいよ」
「温度じゃなくて、汗、気になるから」
やっと手を離してくれたと思ったらそのまま手首を握られて、高岡くんが着ている、ズボンからはみ出たカッターシャツの裾で拭ってくれた。
そして手は元通り、ガチっと、でも、ふんわり優しさを感じる恋人繋ぎ。
また親指で親指をなでられる。
「……また手を繋ぐの?」
「うん、繋ぐ。気持ちいいし、ずっと繋いでたい」
「高岡くんは、見た目と違って甘えん坊だよね」
「うん、だから甘えさせてよ」
唇と唇が触れる。
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もっと女子から根掘り葉掘り聞かれるかと思ったけれど、最近は全くそんなことはなく、穏やかに学校生活を送っている。
付き合って最初の頃、教室の席で女子に囲まれ質問攻めにされていたら、一番後ろの席の高岡くんが自分の机をガンッて足で蹴飛ばして、それ以降そんなことも無くなった。
高岡くんは最近はよく教室にいる。前はよくサボっていたけれど。
「山中、帰っぞ」
「あ、私、図書室に寄りたい」
「ん、行こ」
手提げカバンをサラリと取って、反対の手で私の手を捕まえて恋人繋ぎ。
高岡くんはきっと知っている。
私が高岡くんをもうとっくに好きなことを、きっと知っている。
私は知っている。
高岡くんが私を好きだってことを、もう知っている。




