71話 献魔をしよう
「ウェルカム。ニャルハラ魔力基金へようこそ」
エミリーはテーブルの奥の席に着くと手を広げた。
「ニャルハラ魔力基金?」
わたしが首を傾げると、エミリーは微笑みを作る。
「ニャルハラ魔力基金、通称、赤猫社は有事の為に魔力をプールしておく事を目的として設置されたマジックファンドです。今、魔法の利便性の向上と共に、魔法会社はよりその業態を拡大し、今や魔法は社会インフラにも使われるようになりました。でも、魔力を持たない一般市民に魔法を使わせるには、燃料となる魔力も一緒に転送しなければならなかったの。現在それぞれの企業努力によって一応の魔力の安定供給は確保できているけど、慢性的な魔力不足という問題を抱えています。そこでインフラ事業を行っている魔法会社が共同で設置したのが、ニャルハラ魔力基金、この赤猫社なのです」
エミリーは一息つくと、
「私たちは魔力のある猫さん達から、魔力を寄付していただいて、感謝の気持ちと共にささやかな贈り物を返す。そんな関係を目指しています。どうか、世界の安定の為に献魔にご協力ください」
「はぁ……」
説明口調で言い切ったエミリーに、わたしは気の抜けた返事をする。
「まっ、早い話が魔力のない市民でも魔法が使えるように、使い魔は積極的に魔力を寄付してねって話よ。魔法のネット配信技術の急速な発達が膨大な魔力を持つ使い魔と、魔力を持たない市民との間で微妙な文明水準の格差を生みつつあるわ。魔法を知ったら市民ももう不安定な猫電気うなぎ発電の時代には戻れない。魔法インフラの整備と魔力の安定供給はその解消に必要なものなの。戦いだけなら使い魔〈サーヴァント〉がいかに自分達よりも上位な存在でも気にしない彼らも、それが実生活でもとなってくれば話は別になってくる。魔法の果実を持たざるものにも分け与えなければ、いずれ不満は爆発してしまう。ノブレスオブリージュというやつね。どちらかといえば、市民から見下されている使い魔が貴族の義務の話を持ち出すなんておかしいと思うかもしれないけど、これも嫌われない為に必要なことなの」
な、長い。
この赤猫社とかいう団体の猫達は色々考えてるみたいだけど、正直わたしには関係がないし。
「なんだか、よくわかんないけど。わたし達はハンバーガーセットの無料券さえもらえれば、それでいいわ。ね、ショコラ」
「はい。要するに、魔力を寄付するとお土産がもらえるんですよね。普通の献血と一緒ですね」
ショコラはそこしか聞いてなかったらしい。いや、わたしも同じようなものだけど。
「オフコース。おまけでナゲットの無料券もつけちゃうっ」
「ほんと、やったぁ」
思わず顔を綻ばせると、わたしはショコラと顔を見合わせた。これでポテトを犠牲にしてナゲットを選ばなくてもいいんだ。
エミリーはそんなわたし達の様子を満足そう見つめると、
「ところで、二人は献魔するのは初めてよね?」
「うん」
「はい」
言われて、わたし達は頷く。
「あの、やっぱり血を抜いたりするんでしょうか?」
しずしずといった様子で、ショコラが訊ねる。
そこは、わたしも気になる所なので真剣に耳を傾ける。
エミリーは「ないない」と笑いながら手を振ると、
「言ったでしょ。気持ちいいって。実は最近魔力吸引に画期的な方法が発見されたの。手軽で大規模な施設はいらないし、それに何よりとっても気持ちよくて女の子にとくに人気なのよ」
「具体的に何をするの?」
「ノンノン、口で説明するよりも体験した方が早いわ」
いや、口で説明しようよ。にやにやとエミリーが含み笑いをしているのがちょっと怖いんだけど。
わたしが疑念の目を向けていると、
「じゃあ、ショコラが先に行きます。言い出したのはショコラですから」
ショコラがエミリーに向かって、お願いしますと声を掛ける。エミリーは、ウィンクすると耳につけたインカムを操作し、口元にマイクを引き寄せた。
「オーケー。ジャック、マイケル。今から一人女の子が向かうからよろしくね」
おそらくインカムから聞こえてくる声に耳を傾けているのだろう。時折うんうんと頷いている。やり取りが終わったのかエミリーは顔を上げショコラを見た。
「じゃあ、ショコラ。ペテルギウスの中へ」
「ペテルギウス?」
「この子の名前よ」
そう言ってショコラをネコバスの中へと促す。
ショコラはステップを上がって、中へと入っていった。
改めてみると、真っ黒な毛で覆われたこのネコバスは窓一つないし、車内もかなり暗そうだった。今更ながらにちょっと怪しく思えてきた。
「ショコラ……大丈夫かなぁ」
「あなたも随分心配性なのね。使い魔なのに」
わたしが眉尻を下げて見つめていると、エミリーが呆れたように言った。
「使い魔なのと心配するのは関係ないでしょ。って、そういえばエミリーはわたし達が使い魔だってわかってるみたいだけど、どうして?」
確か、一言も言ってないはずなのに。
「ああ、魔力の有無で見てるだけよ。私たちはみんな魔力を視認する為のスタディをしてるから。微量に漏れ出す魔力を魔眼で見てジャッジメントできるの。後は、服装からの類推したりね。ここら辺で、魔力を持ってそうなのは使い魔〈サーヴァント〉とネコエルフくらいだもの。あなたはどう見てもネコエルフには見えないし」
「へー、そうなんだ」
「っていうか。見て魔力の有無が判断できないようじゃ。この仕事はできないわよ」
「確かに」
「でしょ?」
そんな事を話しながら、暫く待っているとネコバスの中からショコラが出てきた。
ステップを下ると、わたしの所まで来てほぅとため息をつく。
その顔は、気持ち上気しているようにも見えた。
「ねぇ、ショコラ……どうだった?」
伏し目がちなショコラにわたしは、恐る恐る声を掛ける。
ショコラは胸元で手を組むと、
「すごいです……」
「え?」
「とにかくすごいです……。最初は、あんなに太くて大きいの無理って思ったんですけど、すごくうまくて……。ショコラ初めてだったのに、すぐ気持ちよくなってしまって、我慢しなきゃって思ったんですけど、声まで出しちゃって……。ああ、今思うとちょっと恥ずかしい」
そう言うと、ショコラはもじもじと体を動かしていた。
「あの、ショコラ?」
「さあ、次はルナ。あなたの番よ」
エミリーがわたしに声を掛ける。
「ねえ、ショコラ何されたの?」
「はぁ……」
訊ねるが、ため息をつくばかりで、ショコラは応えてくれない。
「仕方ないなぁ」
わたしは首を振ると、エミリーを見る。
「じゃあ、行くわ」
わたしが言うと、エミリーはマイクを引き寄せて「もう一人いくからよろしくね」と声を掛ける。
「さあ、いいわ。行ってらっしゃい。れっつごー」
入り口の前まで来ると、ふと顔だけをこちらに向けている黒猫のネコバス、ペテルギウスと目が合う。
「おじゃまするね。ペテルギウス」
わたしが挨拶をすると、黒猫のネコバスは口元を緩めながら目を細めた。どうやら伝わったらしい。
「どうしたの? ほら、はりーはりー」
「もう、急かさないでよ……」
エミリーの声を背中に受けながら、わたしはステップを上がり黒猫のバスの中へと入っていった。




