229話 誰かからの着信
「……」
何をするの言いたかったが、声が出ない。
ルナはそのままツカツカとわたしのすぐ近くまで歩み寄ると、そのまま時計の針の形をした剣をわたしの太ももに突き刺した。
「――っ」
思わず目を瞑る。
「動かないで。痛くはないでしょ、概念の剣だもの」
ルナの声にそろそろと目を開ける。
視線を太ももに恐る恐る落とすと、先ほどルナが持っていた時計の針の形をした剣が太ももに貫通する形で突き刺さっていた。
しかし、そんな大きな怪我にも関わらずルナの言う通り痛みは全くと言っていいほどなかった。
「……っ」
ルナはもう一本の剣を無造作に出現させると、もう片方の太ももに突き刺す。
「ふふ、これからゆっくりとあなたの時間を止めてあげる」
ルナは舌を出して唇をぬらすと、加虐的な笑みを浮かべながら更に出現させた剣を今度はわき腹に突き刺す。
「あなたも見たかもしれないけど、ルナダイアルのアバターの中にはヤマアラシみたいに無数の時計の針に覆われた姿をしているのがいるの。丁度こんな風にね」
それから足、お腹、胸、へと次々に時計の針のような剣を突き立てていった。
まるで針山のように自分の体に次々と突きたてられていく時計の針をぼんやりとした意識の中で眺めていた。
カチコチと時計の音がした気がした。
それが次第にゆっくりになっていく。薄れいく意識の中でわたしの中の時間が止まってしまうような、そんな気がした。
その時だった。
プルルルルルル――――。
室内にけたたましい電話の呼び出し音が鳴り響いた。
でん……わ……?
その着信音はどうやらわたしのニャルラトフォンから発せられているもののようだった。
ルナは剣を突き刺す手を止めてわたしのドレスのポケットに手を入れるとけたたましく音を出しているニャルラトフォンの通話ボタンを押すと、耳に当てた。
「もしもし?」
ちょっと他猫〈ひと〉の携帯に勝手にでないで。とクレームをつけたかったけど声が出なかったので言う事が出来ない。
ルナはニャルラトフォンを耳に当てたまま、黙ったままスピーカーから聞こえてきているだろう声を聞いていたが、やがて眉を顰めて口を開いた。
「あなたは誰?」
そう彼女が訊ねると返答が返ってきたのかと頷くと、
「ああなんだ。この子が持ってたドリームソード〈夢剣〉か」
受話器に息を吹き掛けるように呟くと、ルナはニャルラトフォンを耳元から離して手の平の上に置くとオープンスピーカーにした。
「ルナ、あなたに電話みたい」
そりゃ、わたしの携帯電話なんだからわたし宛の電話に決まってるでしょと、心の中で突っ込みながらウサミミのポジションを直しているルナを睨みつけていると、
『ルナ、私よ、私』
ニャルラトフォンから聞き覚えがあるような、ないような声が聞こえてきた。
えっと、オレオレ詐欺?
『やっと、こうしてちゃんと話す事が出来たわね』
「……」
『ルナ?』
語りかけられても声を発する事が出来ないので、返事をする事が出来ない。
わたしが無言を返すのに、受話器の向こうの不思議な声は呼びかけるように何度もわたしの名前を呼んでいた。
一体誰なんだろう。
なんだか声を聞いていると、とても落ち着いた気分になる。
とても気になるけど、返事をしてあげたいけど。
今はそれができない事がとても申し訳なくて、ぼんやりとした意識の中で心が苦しくなってしまう。
『ルナ』
何度目かの呼びかけだっただろうか。白兎のルナが割って入るように口を挟んだ。
「何の用だか知らないけど、今、彼女は話す事が出来ないみたい。用件があるならわたしが聞くけど」
『あなたに用件はないわ。すぐに死んで』
「取り付く島もない。これだから無機物は話にならない」
ルナはため息を一つ吐くと、
「どうやって電話を掛けてきたんだが知らないけど、以前の時といい随分とあなたはこの子の事が気に入っているのね」
『だって私の生みの親だもの』
「なるほど」
今にも途切れそうになる意識の中でノイズが掛かったように掠れた声で二人のやり取りが聞こえる。
『あなたの作り上げた世界は見事だけど、あまりに見事過ぎた事が仇となったわね。夢と現実の境界を曖昧にし過ぎた結果、わたしの干渉を招く事になったのだから』
「干渉を招くからなんなの? 言っておくけど前の時のようなやり方でこの子を助ける事は出来ないわよ? 生まれたてのドリ剣如きがどうしようっていうの?」
『ルナは私の方で眠らせる』
突然、何もない空間から抜き身のままの刀が出現したかと思うと、わたしとルナの間を切り裂くように床に突き刺さった。
「っ!?」
ルナの端正な顔に驚愕の色が挿す。
しかし、それもすぐにわからなくなった。
その後、フラッシュが瞬いたように視界が光に包まれてしまったからだ。
「うっ……」
「さあルナ、私を手にとって――」
手に取る……何を……?
「手を伸ばして――」
すごく……眠い。すぐにでもお布団に入って丸くなって眠ってしまいたい。
ぼんやりとした意識が更に霞んでいく。
その中で――。
「ルナ――」
誰かがわたしの声を呼んでいる。
声を頼りに手を伸ばす。
「猫……村正?」
その手の先にあるのは一振りの刀。猫村正。わたしの大切な愛刀。
「さあ、そのまま――――」
「……っ」
わたしは地面から引き抜くように、猫村正の柄に手を掛けた。その瞬間。
プツンと。
まるで糸を切るように、わたしの意識はそこで途切れた。
「……」
まるで糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた黒猫の少女を見下ろすと、白に身を包んだ少女は目を細めた。
「下らない悪あがきを――」
少女は頭上の大きな兎の耳のポジションを直すと、床に倒れた黒髪の少女から視線を引き剥がすと外に目を向ける。
荒涼とした銀の砂漠に不自然な程青々とした森が広がる。
まるで生と死のマリアージュ。
相反するものが交じり合う相変わらずのグロテスクな景色にうんざりとしながらも、少女は口を開いた。
「ねぇ、誰か来て」
それは呼びかけというにはあまりにも小さな声音だったが、その言葉を聞きつけてまるで羊の毛を纏ったかのようなモコモコとしたものが銀色の砂漠から一体、また一体と集まってきた。
「? どうしたの?」
しばらくすると部屋の中の三分の一がモコモコで埋まる程の数が集まった。
少女はその事に満足していたが、集まったモコモコ達が酷く疲労している事に気がついて声を掛けた。
「――――……」
コショコショと内緒話をするように背伸びをするモコモコに少女はウサミミを傾ける。
そうして彼等の声を聞くと少女は「ああ」とため息をついた。
「そういう事。まったく余計な事を」
「――――……」
「いいよ。怒ってないよ」
申し訳なさそうにうな垂れるモコモコの一体を少女が撫でる。
「――――!」
「もぅ、キターー。じゃないよ」
それまで、どんよりとしていたモコモコ達の雰囲気がパッと明るくなるのに、少女は苦笑すると、撫でる為に屈んでいた体を起こした。
そして再びテーブルから落としたスパゲティミートソースのように転がっている少女に目を移すと、
「あれ、お願い」
少女が指を指すと、一斉にモコモコ達がモップのように倒れた少女に群がる。
そしてまるで胴上げをするように全員で持上げると、そのまま部屋にある二つのベッドの空いている方に運ぶと放り投げるように寝かしつけて布団を掛けた。
「ありがとう。もう行っていいよ」
少女はポンとベッドの周りを取り囲むように待機しているモコモコの内の一体の毛を触ると、少女が眠るベッドの前に来ると周囲のモコモコ達を見回しながら言った。
「――――」
モコモコ達がちょっと不満そうに体を揺らすのに、白い少女は重ねて「いいから行って」とほんのりと頬を赤くしながら命令する。
すると、おずおずといった様子でモコモコ達が部屋から出て行った。
一人残された室内で、少女はあどけない表情でベッドに眠る女の子を見下ろすと、そのまま語り掛けるように呟く。
「お休みなさいルナ。いい悪夢〈ユメ〉を」
そう言うと、少女は眠ったままの少女の唇に自分の唇を重ねた。
「……?」
唇を離すと、パチパチと目を瞬かせて、
それから口元に指を当てると「ああ、そういう事か」と確かめるように呟く。
それから眠り姫となっている少女の髪を軽く梳くように撫でると、ふっと笑みを漏らす。
「魂の時間を止め損ねてしまったみたい。無機物がみる夢というのも案外馬鹿に出来ないわね。これじゃあ、ただむなしいだけ」
少女はベッドで眠っている少女の黒髪を撫でていた手を離すと、その寝顔を最後に一瞥してから、
「またね、ルナ。今度は夢の中で逢いましょう」
そう言い残すと少女は扉を開き、自身が作り上げた永遠へと去って行った。
このお話で7章完結になります。
8章は年明けに再開する予定ですので、その時はよろしくお願いします!




