228話 時を止める能力
「死んではいないわ。ただ脳の活動とか心臓とか呼吸とかその他もろもろが全部動かなくなって永遠に目を覚まさなくなってしまっただけ」
「それって死んでるのと何が違うのかわからないんだけど」
「死んでるのとの違い? そんなのわたしが死んでないと言ってるから決まってるじゃない。強いていうならその猫は時が止まっているだけ」
「本当に……死んでないの?」
「そう」
「……」
ルナが微笑むのに、わたしはじっと上目で彼女を睨みつける。
今はこの目の前の少女の言う事を信用するしかない。
「ねぇ、なんでアザレアがここにいるの? 村の外から来た猫はループに巻き込まれないんじゃなかったの?」
「ループなんて陳腐な言葉は使わないで、ここは永遠だから」
「えいえん?」
「そう永遠の世界」
「呼び方なんてどうでもよくない?」
「よくない」
わたしがキョトンとして言うと、ルナがピシャリとした声音で言った。
それからこほんと気を取り直すように咳を一つすると、
「でもさすがねルナ。あなたの言う通り村の外から来た猫は追い返した。そして代わりにわたしの偽憶〈イミテーションメモリー〉の能力をつかって村の猫達にいるように錯覚させるようにしたの。その方が都合がよかったから」
「ぎおく?」
「わたしがMTTBになった時に獲得した偽りの記憶を植えつける能力〈ちから〉なの。でも、あなたには効いてなかったみたいだから、濁った記憶に浸かりきった世界はさぞ奇妙に映ったんじゃない?」
「……」
わたしは眉を寄せて淀みなく話すルナを見る。
実の所、わたしはまだこのループの世界を作った犯人がルナだという事に対して半信半疑の部分があった。
しかし、それもそろそろ改めないといけないのだとまるでマジックの種明かしをするようにスラスラと目の前で説明する少女を見つめ、そして睫を伏した。
そうしてからもう一度きっとしてルナを見る。
「それで、なんでアザレアがここに居るの?」
外から来た猫は追い返したのなら、アザレアだってここにいるのはおかしいはずだった。
ルナは「ああ」と言葉を含ませると、
「それは、その女があなたと同じだったから」
「わたしと同じ?」
「そう」
ルナはゆっくりとした足取りでアザレアが眠るベッドの脇に立っているわたしの隣に来ると、アザレアの寝顔に視線を落として言った。
「この女もあなたと同じようにわたし達の存在を認識していた」
そう言えば、わたしがルナの事を話してもみんなイマジナリーフレンド扱いをしてまともに取り合ってくれなかったのに、唯一真面目に話を聞いてくれたのがアザレアだった。
ルナは感情の籠もっていない瞳をアザレアに向けたまま続ける。
「それ故に彼女も〈観測者〉になり得る可能性があった。丁度今のあなたみたいな感じにね」
「わたしみたいに?」
「そう、あなたはまさにこの世界を観測して解き明かそうとしている。
昔下界に動いているのは天上ではなく地面だと証明した人間の観測者がいたの。
その人間は結果的に一つの世界を殺したわ。虚実にとって観測者は天敵ともいえる存在。だから、わたしの作る世界に観測者はいらない――」
「それが……アザレアがここにその……眠っている理由なの」
わたしが訊ねると、ルナはふっと自虐的な笑みを浮かべた。
「もっとも、それは理由の半分だけど。わたしは素直に外に出て行ってくれるなら見逃してあげるつもりだった。でも突っかかってきて目障りだったから排除したの」
「目障りだから殺したっていうの?」
「誰かを殺すのに目障りだから以上の理由があるの? そんなの強いて言うなら安楽死くらい。いいえ、安楽死だってあるいはそうでしょ」
「――――っ」
クスクスとおかしそうに笑い声を漏らすルナに、わたしは言葉に詰まらせる。
「後、殺してないって言ってるでしょ。わたしはあいつと違ってあなた達を殺す気がない。あなた達はわたしの永遠を構成する大切なピースなんだから。安心して、ただ眠りにつくだけ、永遠の眠りにね」
「……」
わたしはそんなおかしそうにしていうルナを睨みつけた。
そして、押し殺した声と共に口を開く。
「わたし、あなたを倒す」
「あら、やっと戦う気になったの?」
ルナが不敵に目を細めるのに頷く。
ここに来てもまだ少し迷いがあったけど、やっぱり彼女は敵なのだとはっきりと認識してしまったから。
「そう、じゃあそろそろ始めましょう」
そう言うとルナはんーと伸びをして準備運動をする。
わたしはそんな彼女の様子に目を顰めると、
「始めるのはいいけど、わたしとルナじゃ相手にもならないんじゃない? だって言っちゃ悪いけどあなたって雑魚でしょ」
いや、雑魚は言いすぎたかも。でも言っちゃったものはしょうがない。
戦うとなって改めてみると、ルナからはあまりにも力を感じないのだった。下手をすると先ほど戦った毛玉達よりも弱い気がする。
わたしがそう思って訝しむ目を向けていると、ルナは「はぁ」ため息をついた。
「全く、猫というのはひどく傲慢な生き物ね。どれだけ強いのか知らないけど、自分の肌感覚だけで相手の強さを勝手に判断して好き勝手な事を言う奴ばかり。それで自分がもう負けている事にすら気づかないんだから愚かという他ない」
「?」
わたしがもう負けてる? 何を言ってるのだろう。
わたしが不思議な目をして見つめていると、ルナはじっとわたしの目を見据える。
「いつか、その傲慢さに足を掬われる時がくるわ。というかあなたの足を掬うのはわたし――」
そして、おもむろにわたしの頬に手を伸ばしてきた。
「っ?!」
わたしはそれから逃れる為に後ろに飛び跳ねる。
「?」
いや、飛び跳ねようとした。
しかし、動く事が出来なかった。
「今、あなたの頭部よりも下へと発信される脳神経からの電気信号の時間を止めたわ」
ルナの白い手がピタリと触れて、冷たい感触が頬に広がる。
「月時計〈ルナダイアル〉は時に干渉する能力を持っている。だからその端末〈アバター〉であるわたしにもその力の一端が流れているの。そしてここはわたしの世界。
ここではわたしは時間〈とき〉そのものであり、時間〈とき〉とはわたしの事を指す。だから、今あなたの時間を止めたの」
「あ……ぅ……」
淡々とした口調の少女の声を聞きながら、なんとか動かそうとするが首から下が固まってしまったみたいに動かない。
まるで本当に時が止まってしまったみたいに、もしかして本当に時間を止められるの?
本当に……そんなのなんか嘘っぽいけど――。
「ル……ナ……」
辛うじて名前を声に出すと、
「ね、負けてたでしょ?」
わたしの頬っぺたをぐにぐにと抓りながらルナの赤い瞳が楽しそうに細められる。ちょっと痛い。
「……っ」
彼女の言っている事が本当なのか。
いずれにしても、もう検証する事も出来ないのだった。
わたしの時間を止めたというのが事実なのかは置いておいても動く事が出来なくなっているのは純然たる事実。
どうしよう。と思った時にはもうどうしようもなくなっていた。
「さて、これで勝負がついてしまったわけだけど。もう一度全てを忘れてこの世界で永遠を作る歯車の一つとして生きる気はない?」
「……っ」
声をうまく出す事も出来なくなってしまった。
なので、わたしはフルフルと首を振る。
「そう、残念。嘘でもはいと言っておけば、いずれチャンスが来る事もあるかもしれないのにね。ほんと猫って馬鹿ばっかり……」
ルナは独り言のように言うと手を前に突き出す。
するとどこからとも無く剣のようなものが出現し、そのくびれた柄の部分を掴んだ。
時計の針……?
ルナの取り出した剣は時計の針をそのまま剣にしたような形状をしたものだった。
ルナは一度それを確かめるようにブンと大振りに振ると、わたしに向き直った。




