表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/145

第92話:封魔

 ようやく闘技場に現れた学に対し、観衆が容赦ないブーイングを浴びせ掛ける。


「おせーんだよー」

「俺らがどんだけ待ったと思ってんだ、金返せチクショー」


 学は勿論、馬耳東風である。

 真っ直ぐに、闘技場中央。蒼の待つ場所へと歩いて行く。


「来ちゃいましたねぇ。そりゃ来ますよねぇ。残念」

「随分、久しぶりな気がしますね蒼さん」


 学は蒼と目を合わせない。


 トントン、とシューズの爪先で地面をタップしている。

 懐から徐に、およそ彼には似合わない、洒落たハンカチの様な物を取り出す。

 そして淡々と痛々しい左小指を縛って固定し始めた。

 武装はそれだけだった。いつもの鉄籠手は、今回は使わない選択をしたらしい。


 蒼はそれを見つめながら、恐る恐るレスポンスする。


「まぁ、その……昨日は気まずかったですからね。やっぱり怒ってます?」

「怒っちゃいませんよ。僕があなたの性格の悪さを見抜けなかっただけですし」


 目を合わせずに小指を縛り続ける学。蒼の顔が引き攣る。


「うう……それは怒っているのでは?」

「怒っちゃいませんてば。単純にあなたの目の前で魔法を使った僕が悪い」


 蒼はふぅ、と一息つく。

 準備を終えた学はそこで、ようやく蒼と目を合わせた。


「まさか、この世界で日本人と戦う事になるなんて思いませんでしたよ」

「私も、まさかの展開です」

「本当は手を取り合って生きていくべきなのかもしれませんが……まだ、例の予知は変わってないんですか?」


 蒼は首を小さく振る。


「ええ。変わってません。あなたは、私の足元で倒れます。血塗れです」

「ああ、そうですか。ちなみに、その未来は変えられるんですか?」


 蒼は思った。この質問への回答で、もしかしたら学の心をへし折る事ができるかもしれない。

 目を瞑って、数秒考える。

 悩んだ末に、彼女は……。


「さぁ? 私にもよくわかりません」

「ああ、そうですか」


 学への情けを少しだけ、残す事にした。

 その代わり、彼にはどうしても言っておきたい事がある。


「学さん」

「何ですか」

「私、日本に帰りたい」


 学は一歩踏み出す。

 長身である彼の双眸が、蒼の猫目を見下ろす。


「それ、どうしてもですか」

「どうしてもです」

「僕を殺してでもですか」


 今度は蒼が一歩踏み出した。


「あなたを、殺してでも」

「……」


 学は何げなく、蒼から目線を逸らした。

 そしてその先に、ダヴールの姿を見る。


「くっ」

「何か?」

「ふっ、ははははは! あはははははは!!」

「んん?」


 何がツボに嵌ったのやら。急に笑い出す学。

 意味の分からない蒼と観衆。


 レイムルは首を傾げ、ダヴールは溜息を吐き、戦闘神トーレスは一緒に笑っている。


「ふぅー……蒼さん」

「……」

「あなたの都合なんて、知った事じゃありませんよ」


 そう言うと、学は自分のコーナーへ戻っていく。

 蒼は学の一連の奇行を、自分なりに解釈した。


 ――手加減は、いらないってわけね。


 蒼は自分のコーナーに戻ると、頭の中で論理を組み立てる。


「よし、この順番で行けるよ」


 最後に、待機させている愛犬の背中を撫でる。

 いつもの様にフワフワとした、羽毛布団の様な手触りが、蒼の頭をスッキリさせる。

 これが彼女の、必勝のルーティーン。


「準決勝第二……いや第『一』試合! 占い師・オリハラアオイ対体術家・ホウリュウインマナブ! レディィ、ゴーーッ!」


 日本へ、還りたい女。

 日本を、壊された男。


 この巡り合せは、文字通り神の悪戯であった。


 ***


「ダヴール様!」

「魔剣士殿か。クライドは、駄目だったらしいな」

「ええ……残念ながら」


 レイムルは東側のコーナーへ移動して、半神ダヴールと合流した。

 物理的にも精神的にも、蒼サイドに来たかったのだ。


「ですが、左拳はかなり痛めてましたよ。あれじゃほぼ使えないはず」

「それはどうかな?」

「え?」


 二人の会話の間に、学はジリジリと蒼との間合いを詰める。摺り足でコロシアムの土上を進む。


 体術で言えば、学と蒼では大人と子供どころの差では無い。

 なので当然、学としては接近線を望む所である。


 とくれば、蒼は当然その逆を行く。


 ――ステップ1。確実に距離を保つ。土魔法、第拾七式……!


泥綴デイテイ!」


 蒼のファーストアタックは、速射系の土魔法であった。

 トーマス戦で見せたショットガンタイプの拾弐式とは違い、一撃で体を撃ち抜く威力のある単発式。

 学が接近した分、避けられない距離で放たれた。


 ―-まずは、これで接近を拒む!


 だが。

 その土色の弾丸は、学が翳した左掌に吸い込まれる様に……消えた。


「えっ!? 私の土魔法が!?」

「あれは……まさか!」


 ダヴールの横で、レイムルが頭を抱えている。

 学は『オシャレな黄色の布を纏った』負傷しているはずの左手を翳したまま、不敵に笑う。


「蒼さん。今、何かやりました?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ