第89話:なぜなぜ分析
「対象は四年前と同じ。法龍院学だ」
「俺は敗退している。依頼を受ける理由が無い」
二回戦終了後。ダヴールは医務室で治療を終えたクライドに依頼する。
クライドとしては仕留められなかった相手からの依頼。
しかも対象は、これまた過去に仕留められなかった相手。
ハッキリ言って乗り気ではなかった。
しかしダヴールの一言が、殺し屋の目の色を変えさせた。
「上手くやれば、神の座などくれてやる」
「何!?」
クライドがこの大会に参加したのは、狙い狙われる殺しの螺旋から抜け出すためである。
神になれば、逆らう者などいない。残りの『神生』を平和に暮らす事ができる。
彼は、平和に飢えていた。
「どうだ? やり易いよう、協力者から退魔の装備も借り受ける」
「やる。やってやる。今度こそあの男を殺してやる」
「殺すな」
ダヴールに睨みつけられるクライド。
しかし彼もさすが殺し屋である。恐れる事なく、要件を確認する。
「ホウリュウインマナブを戦闘不能にする事。報酬は神の座……でいいのか?」
「それでいい」
「もし俺が奴を殺したら?」
ダヴールは鋭い目線を解いて、むしろ慈しみを込めてクライドの眼を見ながら、返答した。
「そうなったら、私が貴様を殺してやる」
***
刻突きの弱点は、そのスピードおよび突進力故にカウンターを合わせられた時の威力が激増する事である。
左拳を紙一重でスカしたクライドは素早く学の首を掴むと、勢いの活きている内に膝蹴りをお見舞いした。
「ぐふぅッ」
「ぐっ」
今朝のトーストが吐瀉物に変わり、学の体はくの字に折れ曲がる。
恐ろしい早業であった。普通、速射系の打撃に対し首を掴んでのカウンターなどまず不可能である。動いている相手に対し、要求される動きの精密さが高すぎるからだ。
それをクライドはやってのけた。殺し屋稼業三十年。熟年の超体術であった。
――ヤバい、続けて膝が来る!
一瞬死を覚悟した学が、死にもの狂いで上半身を捩って首相撲から脱出する。
「オオオッ!」
鳩尾の痛みで上体は起こし切れないため、腹這いで地面を転がって距離を取る。
無様な回避方法と笑わば笑え。今はこれが最善なのだ。
十分に距離を取ったところで、学は体を逸らせてスプリング気味に飛び起きると、下段払いで迎撃態勢を取る。
「来い、クライド!」
気合い一閃。追って来るクライドを迎え撃つ!
はずだったが。
「あれ?」
この千載一遇のチャンスに、クライドは追って来ていない。
それどころか膝蹴りを放った位置から一歩も動いていないではないか。
なぜ?
「必死で逃げたものだな、ホウリュウイン」
「……」
挑発的な一言を吐いてから、ようやく歩を進め始めたクライド。その様子を見て、学は頭を回転させる。
あれほど見事な膝を入れられた経験は、体術家の学の戦歴を持ってしても過去にない。
にも関わらずクライドは追撃をしなかった。
なぜ?
きっと、出来ない理由があったのだ。
それは何だろう。体力が切れたから?
――違う。奴はナイフ飛ばしと銃撃しか行っていない。体力が尽きる理由が無い。
となると答えは一つ。あの時、『動けないダメージを負った』のだ。
ではダメージを負ったのは。
なぜ?
「殺してやるぞ、四年前の借りを返す」
クライドが近づいて来る。急いで答えを見つけなければならない学は、更に頭の回転を上げる。
銃を撃った衝撃でどこかを痛めたのか。
違う。それなら膝蹴りなど打てない。
自分の刻突きが実はヒットしていたのか。
違う。それなら自分の拳に手応えがある。
となると答えは一つ。クライドは『自分の膝蹴りでダメージを負った』のだ。
ではそれは、なぜ?
攻撃なのにダメージを喰らう矛盾。だが実はこれ、体術においては矛盾でも何でもない。
拳で殴るという事は、自分の拳を傷つけるという事。
蹴りを浴びせるという事は、自分の脛や甲を傷つけると言う事。
殴る蹴る叩く。全て自分にダメージが来るのだ。
では膝蹴りはどうか。
もちろん膝で攻撃すれば膝は痛い。だが追撃ができないほどの痛みではないはず。
――膝の皿が割れたのか?いや、それなら今歩いているのはおかしいし……。
学は膝蹴りの打ち方を思い返す。
腰を前面に押し付ける様にして、推進力を引き出して膝を出す。
――いや違う。さっきの膝蹴りは、首相撲からの膝蹴りだ。相手の膝を引き込む様にして、若干体をこう……あっ!
クライドの膝蹴りは、若干腰に捻りを加えて打っていた。
その時に痛めたとしたら。
学の頭の中に、一つの部位が浮かんだ。
普段は問題なくても、負傷時は体幹を捻るだけでダメージを受ける箇所。
重症時は追撃ができなくなるほど、人体にとって重要な箇所。
――肋骨か!!
100%の確証がある答ではない。だがこのままジリ貧で終わるぐらいなら、試してみる価値はある。
クライドは肋骨に重症を負っている。これが学の出した結論だ。
「……それなら、やってやる!」
学は掌に炎を滾らせた。
その一撃への布石のために。




