第87話:オシャレアサシン
時は遡って準決勝第二試合の開始前。
闘技場近くの森奥で、クライドと学は睨み合っていた。
クライドは動き易い布製の服装だが、学は闘技場に着いてから着替えようと思っていたため、白のワイシャツにジーンズという、この上無い生活着である。
奇襲での混乱に加え、動き難さのハンデまでオマケされている。
「急がなければ、失格処分になるんじゃないか? ん?」
クライドは大振りなナイフを弄びながら、学に向かってニヤケて見せる。
「余計なお世話だよクライドさん」
強がりを吐く学だが、本音を言えば一刻でも早く会場に向かいたかった。
このまま長引けば失格処分になるかどうかは五分五分……あの戦闘神の興味が自分に向いている事に賭けるしかない状況。
だが、学の戦闘勘が言っている。この勝負を急げば、殺されるのは自分であると。
クライド・クライダルはそれほどの手練れだ。加えて今は、試合では無い=武器が無制限。どんな手を隠し持っているか分かったものではない。
今手に握っているナイフだってスペツナズ的な飛び道具かもしれないし、何より銃を持っている可能性が非常に高い。
――慎重にいくしかない。試合の事は今は忘れよう。
学は中距離を保つ。銃を出して来た時に素早く距離を詰められる距離。ほとんど近距離と言える。
もっとも、近ければ近いほど銃の命中確率は上がる。その前にトリガーごと制圧しなければならない、危険な賭けだ。
「誰が依頼したか聞かないのか?」
「いらないよ。想像はついてる」
「リリィ・リモンドだよ」
「嘘だ! それだけは有りえ」
学の台詞が終わる前に、ナイフの切先が飛んだ。
「ああ、嘘さ」
竜騎士ショウに付けられた傷痕にそっくりそのまま沿う様に、学の頬を抜けて行った。
学が紙一重で回避できたのは、事前に予測していたからだ。
そして最悪な事に、もう一つの予測も当たる。
「さようなら、ホウリュウイン」
――やはりそう来たか、クソッ!
飛びナイフは銃殺の伏線に過ぎなかった。至近距離で腹に突きつけられた銃口に、学は全身からの発汗を禁じえなかった。
「くおッ!」
銃声よりコンマ5秒早く、パリングで無理やり軌道を逸らす。
凶弾が掠めた腹筋が、火鉢を押し付けた様に火傷した。
「品がないな、暗殺者!」
「品がある戦いがしたければ、舞踏会にでも出るがいい!」
拳銃を続けて放つクライド。その暗殺者の周囲を踊る様にして、銃口から必死に体を逸らす学。
一瞬でも照準が合えば、その瞬間にお陀仏である。
――クソが! このままでは殺られるのは時間の問題……あれしかない!
「シッ!」
「ぶあっ!?」
学は逆水平チョップに近い形で、クライドの瞼を打った。
そして視力が一時的に低下したクライドが苦し紛れに発砲する間に、大きく距離を取り木陰に隠れた。
脱出成功である。
――完全に作戦ミスだ。拳銃所持を予想していながら近距離戦を選ぶとは……アホすぎる!
こうなれば、遠間を保つしか手は無い。
その場合、クライドと違って飛び道具を持っていない学はどうするか。
決まっている。魔法しかない。
「炎神シュルト様、神通力をお授けください」
神通力を、クライドに姿を晒さないようにしてキャッチした学。
そしてそのまま、振り向きざまに炎魔法を放つ。
――炎魔法、第七式!
複数の火球がクライドへ襲い掛かる。如何に銃を持っていようと、神通力に疎い暗殺者には防ぎようがない。
「どうだ、クライド!」
はずであったが。
「今、何かやったのか?」
「何だとォ!?」
クライドは無傷。火傷の一つすらしていない。
学の理解は追いつかない。今、自分の炎魔法が直撃したのをこの目で見たのだ。
効いていない筈がない。
そして学は、クライドの首にかかっている黄色いスカーフの存在に気づく。
――あんなオシャレなシロモノ、闘技場で見ていたクライドはしていなかった……まさか、あれって。
「クライドさーん、その首に巻いている物って」
「企業秘密だ」
「まあそう言わずに……教えて、よッ!!」
速射性の高い炎魔法第八式が、今度こそクライドに命中した。
だが。
「もう一度言う。今何かやったのか?」
「うっそだろ……」
この攻防で学は確信した。
あのスカーフは、ただのオシャレアイテムではない。
魔法を無効化する超高性能アクセサリ。
「貝殻の一族の、退魔スカーフ! なんであんたみたいな殺し屋がそれを!?」
「ご名答。知った所でどうにもなるまいがな」
答えは一つである。レイムル・シーシェルズ。あの魔剣士が、クライドと協力関係にあるのだ。
学は彼女に恨みを買った覚えはないが……恐らく利害関係が一致したのだろうと結論づけた。
(彼女がリリィのためにクライドと手を組んだ事は知る由もない)
とにかく学は、絶望的な現状把握を終えた。
「はは……魔法は効かない。向こうは銃持ち。信じられないほど最悪……天誅殺喰らった気分だな」
学は腹を括るのだった。
接近しての体術戦に、望みを託すしかない。




