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第86話:剥き出しの、大魔法

「まぁ、こんなとこですかね。ダヴールの対策は」

「……」


 一昨日の夜。リリィは学から、準決勝の相手であるダヴールからの対策を聞き終えた。


「ま、リリィさんが拾八式から先を引き出せるかどうかは分かりませんが」

「舐めんじゃないわよ……と言いたい所だけど、正直前情報が無かったら厳しかったかもね」

「言っときますけど、拾七式から下も簡単じゃないですからね?」

「あんたには難しいかもしんないけど、前情報さえあれば私には簡単なのよ」


 学はニッコリと笑った。それを見て、リリィは馬鹿にされている気がした。


「本気で言ってるんだけどぉ!?」

「分かってますよ。でも先に魔王でしょ?」

「ふん、魔王なんざ楽勝よ楽勝」


 本当は、魔王と戦う事も魔人と戦う事も怖い。

 学の前で強がって見せる魔女をよそに、学は暗闇に支配された窓を見つめながら、呟く。


「勝ってくれると嬉しいです。きっとあいつがトーナメント表から消えたら僕は……ほっとする」

「ふーん。じゃあ、ホー君のためにお姉さんが倒してあげちゃおうか……っておーい!」


 学は寝落ちしてしまった。リリィもそのまま、つられて添い寝オチしてしまうのだった。


 ***


 半神ダヴールと睨み合うリリィは、相変わらず行方不明中の男に向かって、心の中で感謝を述べる。


 ――とりあえずお礼言っとくわよ、ホー君。あんたのアドバイスのお蔭で、ここまで戦えた。


「いくわよ、神様」


 嗄れ声の宣戦布告。


「私は魔女。あんたがどれだけ偉い存在だろうと、私が倒す!」

「来い。その全てを無力化して見せよう」

「負けられない……最強でなければ、魔女に生きてる意味なんてない!」

「こちらも譲れないのだ。絶対に守らなければならない物があるのでな」


 二人の眼が血走っている。

 余裕ぶった口ぶりだが、二人とも余裕があるわけではない。

 次で決めるという気負いが溢れだす。目が口ほどに物を言っていた。


「蒼魔法……」

「炎魔法……」


 そして叫ばれた式目は、奇しくも同じ階級であった。


「拾玖式!」


 魔人の掌から放たれた神性の爆炎。

 対して魔女の掌から現れた魔法は、巨大な盾であった。


 ――矛盾!


 ダヴールの頭に、『その言葉』が浮かんだ。

 リリィは学からのアドバイスを復唱する。


『拾玖式の完全防御は不可能です。だけど、一時的に減衰させる盾魔法が使えるなら』


 蒼魔法拾玖式は盾魔法。それを使ったリリィは、素早く補充を行う。


「盾は作ったよ! 後は……魔神様! か弱い魔女に神通力を!」


 盾魔法は攻撃性を一切持たない代わりに、持続性が高い。このまま三十秒は持ち堪えるだろう。

 その間に神通力を補充し、最終兵器を放つ。これが、リリィの神殺し計画。


「行くよ!」

「あ、これ本気でヤバイ! みんな、みんな逃げてー! 会場から出て、早く!」


 織原蒼の予知が、これから起こる破壊撃を捉えた。


 その直前、リリィの脳裏に、彼女の人生が再生フラッシュバックした。

 母親からの指導、折檻、そして慈しみ。

 勇者や仲間たちとの、魔王討伐の日々。


 ――そうか。これは私の、人生を賭けた一撃。


 彼女が最後に選んだ魔法。蒼魔法、第弐拾式。


青龍滑走路スティール・ドラゴン!」


 両の掌から放たれた青龍波は、会場の外へ向けて飛んで行く。

 だがその軌道は、徐々に、徐々に闘技場へ向けて修正され……。


「な、なんだ!?」

「蒼いエネルギーが、どんどん肥大化していく!!」


 逃げる観衆たちが見た、遠回りな軌道。通算飛距離に比例して巨大化する青龍波。

 無茶苦茶な軌道を飛んでいるのではない。星屑の滑走路を、星屑を捕食しながら飛んでいるのだ。

 星屑を取り込んで巨大化しながら、滑空しているのだ。

 標的ダヴールのいる最終地点へ向かって!


「何だと!?」


 その巨大な蒼飛龍に気づいたダヴールは、爆炎に充てていた神通力を解く。

 前面のガードに全精力を注ぐために。

 しかし、リリィの弐拾式の威力は想像を絶していた。


「何だ、この力は!?」

「魔神様、神通力を!」

「ま、まだ神通力を足す気か!?」

「青龍波ァァ!!」


 青龍波に、更なる神通力が上乗せされる。肥大化した青龍波が、ダヴールの神性装甲を破らんとしている。


「うおおおおお!!」


 半神が叫ぶ。

 ダヴールは、リリィの本気を嘗めていたつもりはなかった。

 ただ、人間の限界を、大魔女リリィが越えてしまった。それだけの事だ。


「私には戦いしかないから! 神相手だって、負けられない! 負けられないんだ!」

「ぐぅ、ぬ、あああ!!」

「ダヴール、砕け散れぇぇ!!」


 そして遂に、ダヴールの腕部、そして胸部の神性装甲にヒビが入った。

 人間には破られない筈の神性装甲が、破られる。

 そこまで追い詰められたダヴールは、遂に成す術なく。


「凄い奴だ、魔女リリィ」

「ッ!?」

「私に、これを使わせた! 最初で最後の人間となろう!」


 最後の、懐刀を抜いた。


「炎魔法、弐拾式」

「なっ」

皇帝波ボナパルト!」


 その瞬間、闘技場全体を朱と蒼の波動が包み込み、爆発した。

 逃げ遅れた観客が、爆風で闘技場外へ吹き飛ばされた。


 ***


 柵も、客席もほとんど破壊されたコロシアム。

 戦闘神トーレスは、爆風で乱された髪を整えると、最後の成り行きを見届けようとしていた。

 倒れているのは魔女。

 立っているのは半神である。


 半神は、腕部と胸部を著しく損傷し、出血していた。魔女の弐拾式は、遂に神性装甲を貫いたのだ。

 ダヴールはよろめきながらもリリィの元へ辿り着き、青髪を掴んで立ち上がらせる。


「聴こえるか大魔女リリィ」

「う……」

「貴様にやられたのだ。快挙だよ」

「う、く」

「貴様という人間に敬意を表して、苦しまぬように死なせてやる」


 ダヴールの手刀に、炎が灯る。

 心臓を一突き。それで苦しまずに、リリィの命は尽きる。


「さらばだ、今世最強の魔女よ!」

「ごめんね……さよなら、ホー……君」

「何ッ!?」


 そのリリィの言葉を聞いて、ダヴールの手刀は止まる。


「スォォッ!!」


 そして体を回転させた後ろ蹴りが炸裂し、リリィの体は放物線を描いた後、地に墜ちた。

 十秒がすぎ、二十秒が過ぎても、二度と立つ事はなかった。完全な失神KO。


「リリィーッ!」


 駆け寄るレイムル。白目をむいているリリィの、鼓動を真っ先に確認した。

 ドクン、と跳ねる鼓動を感じ、レイムルは安堵の声をあげる。


「い、生きてる……ダヴール様……」


 半神はレイムルに何も言わず、背を向けて通路へ消えていく。


 準決勝第二試合。

 勝者、ダヴール・アウエルシュテット。

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