第85話:爆炎
「あんたには気の毒だけど、あの方には勝てないわよ」
レイムルはいつの間にか蒼の背後に回り、肩に手を置いていた。
「だぁから何で私で確定なんですか? これから学さんと戦うんですよ私は」
「そのマナブサンはもう来ないわよ」
「えっ」
「私が、手を回したから」
「んん!?」
レイムルが懐中時計に目をやる。
「この時間になっても来ないと言う事は、戦闘不能ね」
「そんな……」
「何言ってんのよ。あんたにしたって望んだ展開でしょ、これは。不戦勝じゃない」
「う、うん。だけど……」
レイムルはリリィの幸せのためにダヴールに手を貸した。それは蒼にとっても願ったり叶ったりな工作である。
しかし蒼は、どこか釈然としない思いがあった。
――正々堂々なんて、言ってる場合じゃないのにね。変だな私。
***
リリィは両の掌で神通力を圧縮し、薄く料理し始めた。
――イメージは変な刀……広く薄く鋭いアレ……。
未だ実戦では試した事も無く、実験でもまともに成功していない大魔法。
蒼魔法拾八式。
――唯一式は横の厚みが足りなくて、奴の神性装甲を穿てなかった。だがこれなら、風穴くらいは……!
成功するかどうかは五分と言った所。しかしリリィに選択肢はない。
後の先を取って決める!
「来い、半神ダヴール!」
「よかろう。神性の魔法、受けて見よ」
ダヴールの体から、神通力で作られた朱色の砲弾が表れる。
それらがまるで生き物の様に空中に集合し、ダヴールの指揮下に入る。
「行くぞ魔女。貴様の心臓を狙う。瞬き厳禁だ」
リリィは彼からのアドバイスを思い出す。
『拾八式から先は、レベルが違いますから。まず防御はできないと思って下さい』
つまり、全て躱すしかない。あの数の魔弾を。
「フーッ」
息荒く、集中するリリィ。一発も貰うわけにはいかない。
ダヴールの腕が、振り下ろされるのが合図だ。
「炎魔法拾八式!」
魔弾がリリィ目がけて飛ぶ。
避ける。まだある。避ける。一歩近づく。避ける。まだある。避ける。
避けても避けても迫りくる砲弾。だが限りがあるわけではないと、自分に言い聞かせてなおも避ける魔女リリィ。
この攻撃を避け切って、蒼魔法を放つつもりだった。しかし。
「痛ッ!?」
ここで脇腹を補強していた神通力が切れた。
そのあまりの激痛に、石ころに躓いた様に足腰が立たなくなったリリィは、うつ伏せに倒れる。
その頭を魔弾が掠めて行った。
――最悪! これじゃ回避不能……この格好で撃つしかない!
覚悟を決めた。掌から、温めていた神通力を、手裏剣の様に逆手から投げる。
――蒼魔法拾八式……。
「冷艶鋸!」
それは青々と輝く巨大な偃月刀であった。
その縦の薄さ故に、朱の砲弾を次々とすり抜けて、ダヴールへと迫る。
そして横の厚さ故に、半神の神性装甲にさえ対抗できる。
「ぶった切れ!」
リリィの気合いが通じたか、神通力の刃は魔人の手元へ到達する。
だがその瞬間、ダヴールから神性の炎魔法がもう一つ……。
「えっ」
爆炎であった。その衝撃は這いつくばっていたリリィのみならず、コロシアムの土ごと吹っ飛ばして燃え盛る。炎魔法拾玖式。
「うっ、あっ、ああああッ!」
肺に神炎を吸い込んだか。声にならない苦しみに抱かれ、リリィは後方の客席に激突する。
オマケに脇腹に衝撃が響き、強制的に涙腺が緩む魔女。
神性の痛みが、体中から生気を奪っていく。気絶寸前である。
今まで彼女が喰らった攻撃の中で、もっとも響く――体の中から骨肉が暴かれる様な痛み。
――これが、神の魔法!?
「リリィ! ダヴール様! もうやめて!」
薄れゆく魔女の意識の中で、レイムルの叫びが聞こえる。
ぼんやりと残る視界の中で、遠くに見えるダヴールの手元。
僅かに、切れている。出血している様に見える。
――私の、拾八式は……効いてる……なんだ。半神って言ったって、無敵じゃない。だったら。
「フンッ!」
気合いで星屑を脇腹に叩きこむ。
真っ白な視界の中でなんとか客席の椅子の背にしがみ付き、立ち上がる。
魔女はまだ死んでいない。レイムルは何とか思いとどまらせようと喚く。
「立っちゃダメえ!」
「うっさいわ、露出狂変態女め」
確かに、ダヴールに殺されるかもしれない。
それでもまだ、自分には試せることがある。なら、立ち上がる以外の選択肢は彼女にはない。
「やれる事、あと二つもあるっつーの……ケホッ」
「そうか、立つか」
喉を火傷した。強がりも嗄れ声。痛々しい魔女の姿を見つめる半神は……。
それでも、残心を解かない。
満身創痍の魔女に対し、一切の油断なし。
まさに強者の、神の佇まいであった。
「神通力、寄越しなさい!」
相変わらず無礼な詠唱で、神通力を補充するリリィ。
身体を引き摺って、闘技場へ戻って来る。
「神性魔法で死ななかったとは驚きだぞ。人間」
「余裕ぶってんじゃないわよ。しっかり出血してるくせに」
「ふっ……」
リリィはほとんど破けた黒色のローブで素肌を隠しながら、ワイドスタンスを取って中腰で構える。
ダヴールは後屈立ちのままだ。もう一度同じ技を繰り出す事を示していた。
「見せてあげるよ。人間技の最高峰」
「では、私は次の爆炎で幕を引こうか」
この時、リリィは星屑の位置を目で追っていた。




