第84話:神性
リリィの唯一式は、ダヴールの胴体を袈裟斬に振り抜いた。
魔王が真っ二つになった瞬間を見ていた観客達は、ダヴールもまた同じ末路を辿ったと思った。
だが。
『人間じゃないんですよ』
彼の言葉から覚悟はしていた。もしかしたら事前に聞いていたその言葉は冗談ではなく、本当なのかもしれないと。
そして必殺の唯一式を放った今、実感する。
情報は、正しかった。
「む、無傷なのか、魔人ダヴール!?」
「今、明らかに当たって……斬られたはずだろ!?」
ゆっくりと、傷をさすりながら立ち上がる巨体。
そう、傷は負っている。
だが出血はしていない。骨が折れてもいない。
リリィは観衆がどよめいている間に、抜け目なく距離を取り直す。
「魔神、神通力ちょうだい!」
物凄く端折った詠唱を終え、神通力も補充する。
動揺は少なからずある中で、彼女はやる事をやった。なのに溜め息が漏れるのは何故だろう。
目の前の事実に、辟易しているのだろうか。
「私さぁ、間違いなく斬ったのよ」
「ああ。私も間違いなく斬られたな。実際、この通りだ」
魔人は無残にも切り裂かれた鉄片……かつて盾であったものをリリィに向けて放り投げる。
直前に間に合った盾のガードが、リリィの蒼魔杖によって真っ二つにされた事を示していた。
そのガードを潰して、身体に斬り込んだ筈なのだ。手応えもあったのだ。
魔王はこの技で、倒す事が出来たのだ。
「するとさぁ、あんたは魔王よりも上位の存在って事になるわね」
「上位かどうかは客観的に決めてもらう必要があるがな」
「ええ、どちらとも立ち会った私が客観的に言ってるのよ」
「ほう」
「おかしいのは今だけじゃない。一回戦のレイムルの魔剣も、二回戦のクライドの弾丸も、通じなかった。『生身』のあんたにね」
ダヴールは傷をさすりながら、リリィに問いかける。
「では、魔女殿の客観的な見解によると魔王と私の違いとは何だ?」
「神性」
ダヴールは呆気にとられた様な表情を見せる。
その脇で、戦闘神トーレスが笑顔付の拍手を送る。
正解であった。
「神性、か」
「あんた自身、神通力の塊なのよ。つまりあんたの正体は……」
リリィは口ごもる。口にするのが怖い。自分が相手にしている存在は即ち。
「……神」
「ふっ、ふふふ」
ダヴールに笑みが浮かぶ。リリィはその顔にぞっとする。
人の物では無いと確定した、その表情に。
「その通り。私は半神だ」
その事実に気づいていたレイムルは、リリィの後ろ姿を見る。棄権を望んでいたのは、このためだ。
知らなかった蒼は目をパチクリしている。
「……半神」
「そう。炎神シュルトと、下界の女の間に生まれた半端者だよ」
「合点がいった。そそそれじゃ私のまま魔法がきき効くわけないわよよね」
事実が明らかになった瞬間から、魔女の体が震え始める。
その様子を見て、レイムルが叫ぶ。
「リリィ退いて! あんたがいくら強くても、相手は神なのよ!」
「かかか神様」
「そうよ! あんたは五体満足のままで帰って来て! 後はアオイに任せなさい!」
「えっ、私!?」
いきなり指名を受けあたふたする蒼を他所に、リリィは杖を構える。やる気だ。
「リリィってば!」
レイムルの声を完全無視。
魔女が震えているのは恐怖のせいではない。武者震い。
この魔王を超えた敵に対してリリィが抱く感情は。
畏怖と、高揚。
より強い敵と相対して、嬉しいと思っている。そんな自分に溜め息を吐いたのだ。
――やっぱり私、骨の髄まで魔女なんだ。ホー君、あんたが謝る必要なんて何一つないんだよ。
一度だけ、会場を見渡す。やはり学はいない。
だが今は、今だけはそんな事はどうでもいいのだ。
目の前の半神を倒す事しか考えられない。
震えが、止まる。
「人間技だけで済ませようと思っていたが、貴様はそれで済む相手ではなさそうだな」
「光栄だわ」
「そうか。神技と人間技」
「そう、どちらが上か。永遠のテーマね」
「その実験台に、大魔女リリィ。運命だな」
「そそるね」
「そそるか。大した女だ」
ダヴールも、リリィも、極端な後屈立ちで構える。
魔法のレベルが、もう一段上がる事を予感させる構えだ。
――やるしかない。試作段階の極大魔法!
そしてこの後、闘技場は壊滅する。




