第83話:銃撃戦
「な~るほど、そうやって防ぐのかぁ」
蒼は最前列で二人の戦いを観察していた。
リリィが惜しげもなく魔人対策を見せてくれるお蔭で、決勝の勝率が上って行く。心のガッツポーズが止まらない。
「でも、何か引っかかるなぁー」
「ワウー?」
心配げな愛犬の背を撫でながら、考察する。
どうも二人の表情を見る限りここが底とは思えなかった。
特に気になるのは、魔人がやはり詠唱をしていない事。ここに理由を見出してから決勝戦に望みたい。
蒼は前のめりになって観察を続けるのだった。
「ていうか、学さんまだ来ないなー?」
***
ダヴールは火壁を防がれてから、自分の技がどこまで通用するのか確かめ始めた。
「あらら、簡単な問題ね」
ダヴールが火球を繰り出せば、リリィが光球で相殺する。
――ならば、これはどうだ?
ダヴールは土中に神通力を打ち込む。すると砂が誇りを巻き上げ始め、動力源が回転しているのが分かる。
「えっ、何それ!?」
回転しながら迫って来る地下の炎に、リリィが一、二歩下がる。
その気味の悪い高速移動は、さながら鼠花火である。
「どう捌く、魔女よ!」
「きゃー、くすぐったい!」
およそ場違いな声を上げると、何とリリィは鼠をわざと自分の靴に触れさせると、そのまま体を這い上がらせた。
「よっ、と」
腕まで鼠を誘導した所で、ぽーんと肘を伸ばす。
空中に舞い上がった炎の輪は彼女の人差し指にスッポリ嵌った。
「ざっとこんな所ね」
観客もその鮮やかさには見惚れてしまう。
「すげぇ……」
「子供扱いかよ……炎魔法が怖くないのか?」
クルクルと鼠花火を指で弄ぶその姿は、完全に魔人を弄んでいた。
神通力で守られた右人差し指には、もちろん一切のダメージは無い。
火鼠が鎮火すると、リリィは詰まらなそうに土を均した。
「何だ、終わっちゃった。 私花火大好きなのに」
「……」
「コラ、貴様ら」
膠着する戦況に、戦闘神トーレスが横やりを入れる。
二人は、お互いの相手から眼を切らない。
「余は曲芸を見に来たのではない。手の内を隠すのはもう終わりにせよ」
「……スゥゥ」
「……」
「有効打を出せ。良いな」
二人は返事をしない。だがお互い、一流だけが感じ取れるであろうその変化を見逃さない。
――ギアを上げて来るな。
――上級の魔法が来るわね。
かなりの距離が離れているにも関わらず、二人はほぼ同時に『横のフェイント』を入れた。
観客の理解が追いつかないうちに、その衝撃は訪れた。
「え……」
二人の、元の位置。その後方に位置していた柵が、円状にくり貫かれていた。
「熱ッッ!? え、俺燃えてる!? 何で!?」
「痛ァァ! 腕が切れてる!? え、足も切られてる!?」
観客の一部は、数秒遅れで自分の衣服や腕が焼け焦がれている事に気づく。
二人が放った拾七式は、奇しくも同じ性質を持った、速射系の魔法であった。
それを、二人ともが回避した。またも有効打にはならなかった。
だが、冷や汗を流したのはリリィの方である。
――私は、この魔法の存在を『事前に知っていた』から回避できた……でも、あいつは完全初見で私の拾七式を!
この世で蒼魔法の使い手は魔女であるリリィただ一人である。
そしてこの拾七式は、人前で出したのは今日が初めて。
にも関わらず、ダヴールは躱した。戦闘センスだけで、回避してしまう。
「ヤバイわね、あんた」
「お前もな。前情報があるとはいえ、人間技ではない」
「一言余計なのよ。前情報なんてないっつーの」
「次は当てるぞ」
「こっちの台詞よ」
リリィにはあと一発分の神通力が残っている。
だがリリィは知っていた。ダヴールはいくらでも連発が可能である事を。
――関係ない。私も連発してやるわ。
「あ、ヤバイ。係員、今すぐ」
「観客を退避させた方がいいですよ~」
レイムルと蒼が、係官を呼び急がせる。彼女らにも、ここからの展開が予想できたのだ。
「行くよ、魔人さん!」
「来るがいい!」
今まで見た事のない展開となった。
リリィが先に蒼の速射砲を放つと、ダヴールがそれを転がって躱しつつ、起き上がり際に体勢を整える。
そして魔人の指先から、朱の速射砲が放たれる。リリィはそれを這いつくばって躱すと、一言だけ天に告げる。
「寄越せ!」
その間にダヴールは次弾を指に溜め込み、容赦なくリリィへ放つ。
しかし彼女はそのタイミングで、上空に飛びあがって神通力を掴んでいた。
「あれは竜騎士のやった離れ業!? 魔女も同じ事ができるのか!」
「観客! 早く避難しなさい! あいつら、柵ごとぶっ壊す気だぞ!」
「ひぃぃ!!」
リリィは着地と同時に片膝を着いて体勢を安定させると、蒼弾を出力する。
それを躱すダヴール。手番が移る。
ダヴールの朱弾を躱すリリィ。手番が移る。
微妙なフェイントを織り交ぜながら、お互いの拾七式の応酬が続く。
「逃げろぉぉ!!」
「巻き添えくって殺されるぞ!」
さながらワイルドバンチの銃撃戦である。
もはや柵が消滅した観客席の最前列に残っているのは、変わらず脚を組んで座している戦闘神トーレスのみ。
しかもリリィは、神通力の補充をリアルタイムで行いながら互角に持ち込んでいる。
観衆は集中して見られないため気づいていないが、凄まじい作業量をこなしていた。
――互角じゃ、ない!
魔法戦とは思えないインターバルの短さで、リリィの脳裏に浮かぶ『不利』というワード。
徐々に、徐々にだが、装填スピードに差が表れる。
リリィが二発撃つ間に、ダヴールは三発撃っている。
「くぅっ!」
そしてそのスピードの差が命中率に変換される。
致命傷は避けているものの、リリィの腕や足には朱弾が掠り始めている。
このままでは間違いなく、まともに喰らう。もう時間の問題である。
――ヤバい、作戦ミス! ここまでハッキリ差が出るとは……行くしかない!
リリィはここで作戦を抜本的に変える。
ダヴールは変えない。リリィの迷いを見抜き、拾七式を続けざまに放つ。
「フーッ、フーッ!」
リリィは集中して一撃目を躱す。躱した瞬間に、斜め前方に距離を一歩縮める。
そして二撃目を逆方向に踏み込んで躱すと、そのままダヴールに向かって突進した。
「何!?」
「この距離なら!」
訪れた自分の手番。魔女の拾七式が中距離で放たれる。
「甘いわ!」
朱弾が蒼弾を迎え撃った。魔力同士の出会い弾が、淡い紫を造り出して爆ぜる。
ここでダヴールはリロードを要される。一方のリリィは、一発だけ残っている。
「貰ったよ、魔人さん!」
「させぬ!」
最後の一発を、顔前に神通力を展開して防ごうとするダヴール。
しかしその軌道は予想を外れて、足元に向かっていた。
――ここで、致命傷を狙わないだと!?
リリィの勝負勘によると、絶好機はここではなかった。
足の甲に命中した拾七式が、魔人のフットワークを殺した。
そして魔女はそのまま突っ込んで来る。自分に不利なはずの接近戦に、絶好機を見出した。
「決めさせてもらう!」
「ぬうう!」
動きたいダヴールだが、足が言う事を聞かない。フットワークが効かない。
避けられない!
「蒼魔杖、唯一式!」
魔王を切裂いた蒼剣の一撃が、満を持して魔人に炸裂した。




