第82話:協力者
リリィが次の青龍波の構えを取る直前、ダヴールは盾を脇に構えた。
「何のつもりかしら?」
「無論、近づくまでの事」
ダヴールはそう宣言すると、一直線にリリィへ向かって突っ込んで来る。
「そうはさせないよ!」
リリィは青龍波の発動を取りやめ、光球をダヴールに向けて投げる。
足を止めて遠間を放つためだ。
しかし今度はダヴールの対応が違う。
光球は受け止められるのではなく、盾によって『往なされた』。後方に通り過ぎていく光球を背に、ダヴールは前進を続ける。
「やばっ!」
リリィまであと10mと迫ったところで、ダヴールの視界を土煙が覆った。
光球を地面に打ち込んで砂埃を浮かし、目暗ましを行ったのだ。
「小癪な!」
「何とでも言うがいいわ」
声の聴こえる方向は背後であった。ダヴールの突進力を逆手にとって、逆方向に大きく距離を取ったのだ。
リリィの戦闘経験値を持ってすれば、この程度の芸当は楽勝である。
だがダヴールの頭の中にはこの時、一つの違和感がよぎっていた。
――対応が完璧すぎる。これはまさか……。
「次行くわよ!」
「させんわ、小娘!」
今度こそ青龍波を放とうとしたリリィに対し、またもダヴールが先に動く。
しかし今度は物理攻撃ではない。腕を勢いよく横に振ると、朱色の壁が現れる。
「あの魔法は……」
「さぁこの火壁、どう捌くのだ魔女よ!」
徐々に迫って来る火壁に、魔剣士レイムルは一回戦の記憶を蘇らせる。
彼女の退魔力を凌駕するほどの魔力を誇る、炎魔法の高等技。広範囲魔法であるため、逃げ場もない。
退魔の力を持っていないリリィに、果たして対処できるのか。下手をすればこれで決着がつく事すら有り得ると、レイムルは懸念した。
しかし。
「3……4……5本かぁ。ふむふむ。 だったらこっちは4って事ね!」
リリィは物凄い速さで4球の光球を造り出すと、素早く火壁に向かって投げつけた。
火壁の中に、星屑の白い柱が現れたかと思うと、壁状に広がっていた赤の一分が取り払われ、『火壁』は『火柱』にランクダウンした。
「何!?」
ダヴールが呻く。
そして、続けざまに放たれた蒼魔法が、そのど真ん中をぶち抜いた。
「むむぅッ」
盾によるガードがギリギリで間に合ったものの、青龍波の威力が消滅するまで実に5秒はかかった。
その間、ダヴールは耐えきった。耐えきったのだが……。
「おい、見てみろよ魔人の足元!」
「げええ、何だあれ!?」
ダヴールの足元には、見事なまでの電車道ができていた。
リリィの蒼魔法の威力に圧され、強制的に後退させられた証だ。
魔人さえ退かせる魔女の強さに、観衆が戦慄した。
「壁際まで下がっちゃってどうしたのかしら? 私がそんなに怖いのかな?」
「貴様、なぜ火壁の対処法を知っている?」
「は? そんなの企業秘密よ。教えて堪るもんですか」
ダヴールは思わず聞いてしまった。リリィの火壁への対処が余りに見事――むしろそれしか正解がない――だったためだ。
火壁=炎魔法第拾陸式は、火柱を奇数本発生させて、適当に各柱の炎を癒着させて壁を作る魔法である。
よって柱と柱の間を別の神通力で塞いでしまえば、壁まで発展せずに柱で終わってしまうのだ。
それをリリィは光球を使ってやってのけた。しかもその対処によって空いた穴に向かって、青龍波までぶっ放して来たのだ。
この処置は完璧であり、絶対に初見ではできない事であった。
ではリリィはこの技を喰らった事があるのか? 答えはNOだ。
ならば彼女はどうやって対処し得たか。
「……可能性は、一つだ」
リリィは口を紡いだが、ダヴールの中では結論が出ていた。そしてそれは正解であった。
――私を知る協力者がいるな。そしてそんな人物は一人しかいない。
「そうだな。魔術師は情報源を明かさないものだ。言わなくて良い」
「当たり前よ。さ、続きをやるわよ」
リリィはまたしても神通力を補給を終えていた。ダヴールは後手に回っている自分に歯噛みした。
前半はリリィのペースである。




