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第81話:間合

 ――ミスれないわね。


 リリィは試合開始直後から、集中力を最高レベルまで高めていた。

 両者のフィジカルの差は大人と子供どころではない。接近戦でリリィに勝つ見込みなど、万に一つもない。


 だから、遠間を保つ。レイムルもクライドもやろうとしていた事だが、これが中々できない。

 難点としては、この試合には判定決着はない事が挙げられる。勝つには相手を失神KOするか、殺すしかない。


 これを踏まえて遠間からの攻撃魔法を分析する。まずどんなエネルギーも、人の手を離れた後は減衰していく。指から離れた後では減速するしかない、野球の投球と同じだ。魔法とて例外は無い。

 つまり、遠間からでは決定打は打てない。近間に比べれば圧倒的に威力が足りないのだ。


 ――普通なら、ね。


「さて、行くか」


 ダヴールはジリジリと接近して来る。フィジカルでの差を最大限に活かす気だ。

 この接近にもリリィは慌てない。行動の優先順位を頭で再確認する。


 ――最初は情報を集める。まずは二回戦のダメージが残っているかどうか……。


「よっ」


 リリィはノーモーションで杖を投げつけた。いきなり顔面に迫った杖だが、ダヴールは難なく掌で弾く。

 だが問題はその後に、続けざまに眼前に迫った光球である。


「むっ」


 ダヴールはその光球をも、手刀で弾いた。それこそがリリィの狙いだった。

 ダヴールは軽く舌を打つ。ブーメランの様に戻って来た杖をキャッチしたリリィが、対照的にニヤリと笑う。


「やるな」

「光球を防御したって事は、どうやら魔力回路は復活してるみたいね。クライドの歪曲拳も、効果は一日が限度ってとこかしら?」

「小手調べとは余裕だな」

「ええ。余裕しかないもん私」


 減らず口を閉じない魔女。情報を一つ与えてしまったダヴールは、接近を続ける。


「飽く迄近づこうとするわけね。なら、これが躱せるかしら?」

「むっ……」


 リリィは両手で二つの光球を作り。先に右腕を、次に左腕を振った。

 またも迫る光球に対し、ダヴールは体を半身に翻して初弾を回避。そして次の二発目を、内受けで弾こうと考えた。

 しかし、二発目は予想外の方角からやってきた。ダヴールの後頭部に衝撃が走る。


「ぐむっ!?」


 後頭部が揺すられた事で、一瞬視界がシャットダウンする。光が再び差し込んで来た時には、自らが片膝をついている事に気づいた。


「魔人がダウンしたぞ!?」

「今の軌道、どうやってコントロールを!?」


 観客も、ダヴールも混乱している中、リリィはその技に必要な『溜め』を終えていた。

 遠距離でも、貫通力を損なわずに攻撃できる技。回避さえできなければ、必ずダメージを負わせる事のできる大技……。


「蒼魔法……拾陸式!」

「何!?」


 魔王の暗魔法を切裂いた青龍波が、一日ぶりに闘技場で披露された。

 螺旋状に絡み合いながら接近する二つの神通力は、大気による威力減衰をほとんど起こさずにダヴールの胸元に辿り着く。


「ぬぅぅ!」


 直撃直前、闘技場東側が朱色に染まった。

 ダヴールが火壁の展開をギリギリのところで間に合わせたのだ。

 青の弾丸と赤の防壁。矛と盾のぶつかり合い。


 青と赤の組み合わせは、スタンダードな対立の表れ。

 このぶつかり合いに、人々は燃える。観客が総立ちになる。


「穿てぇぇ!!」

「弾けぇぇ!!」


 五秒もの拮抗の末、両者の神通力が同時に消滅する。

 全くの互角。まだまだ続く激闘への期待から、大歓声が巻き起こる。


「ヤバい、この戦い!」

「史上最大の魔法戦だ!」


 そして誰もが神通力のぶつかり合いに気を取られている隙に、リリィは詠唱を終え魔力の補充を完了していた。ダヴールは腕を軽く振って、青龍波による痺れを取り払う。


「それが、貴様のプランか。大魔女」

「さぁね。あんたが近寄れない事だけは確かでしょ?」


 この一連の攻防を鑑みて、ダヴールは戦略を立て直すのであった。

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