第79話:待ち人来ず
「ホウリュウイン選手、ホウリュウイン・マナブ選手~~!?」
蒼、ダヴール、リリィの三人が待つ控室に、係員が駆け込んで来る。
どうやら学を探している様子だ。
「いないわよ、ここには」
リリィがぶっきらぼうに答える。
既に点呼を終えている対戦相手の蒼も、係員に向けて首を振っている。
「ええ!? まだ来てないんですか? どういう事だよ、全く……第一試合の予定時刻はもう過ぎているんだぞ!」
「いや、私らに言われても……ねぇ?」
「奴の自己責任だ。我々には関係ないな」
リリィに振られたダヴールが冷たく答える。
「ああもう! 戦闘神様に相談しなきゃ!」
「……ねぇ、二人とも」
足早に去っていく係員を見送った後、リリィが二人に尋ねる。
「もしかして、知ってるんじゃないの? 何故ホー……ホウリュウインマナブが来ないのか」
「私は知りませんよ」
「私も……知らないな」
リリィは自分より先に部屋を出た学に、何かアクシデントがあったと踏んでいる。
だからカマをかけて見たのだが、どうやら回答と表情を見るに、仕掛け人は……。
――魔人ダヴール・アウエルシュテット、か?
***
「戦闘神様、まだ来ておりません」
「はぁ~。時間厳守も出来ぬとは、シャカイジンシッカクであるな、あの男は」
「どうなさいます? やはり失格に……」
係員は、飛んで来た手斧を目視すると、自分の脳みそが飛び散る事を確信した。
そして一秒後、戦闘神の手斧が寸止まった事と、自身の失禁に気づく。
「あのな。余がどれだけこの大会を愉しみにしていたか。貴様が未だに理解しておらぬのか」
「もっ、もっ、もっ、申し訳ございませんーー!」
「失格は認めぬ。いけ」
「はいィ! あの、試合開始を待てばよろしいので……?」
トーレスは輝く前髪を弄りながら質問に答える。
「すぽんさぁ共がまた文句を言うとぬかすのか?」
「はい、恥ずかしながら……」
「最終日なのだから勝手にさせればよかろう」
「しかし、設備の一部を貸し出していただいている富豪達もいらっしゃいますので……その」
「はぁ……」
トーレスは暫く、顎に手を当てて考える。答えは五秒で出た。
「第二試合を先にやれ」
「え、しかしそれでは第一試合の勝者が不利に」
「インターバルを十分に取らせれば問題ないわ馬鹿め! 愚物め、速やかに動かねば潰すぞ!」
「ひぃぃ!」
係員が脱兎の如く走り去っていく。戦闘神は面白くない様子で、独り呟く。
「ダヴールめ……余の邪魔をするつもりか」
***
「というわけで、第一試合と第二試合の順番を入れ替えたいのですが……了承して頂きたい」
「私は構わん。魔女殿が納得するならば」
「私も構わないわよ。決勝まで多く休めるし」
「ちょー! 私は納得いきませんよ!」
「ワウー!」
犬と共に蒼が吼える。
彼女にとっては何の得もない提案なので、当然の反応である。先に試合をやった方が休憩時間が長い分、有利なのは誰にでも分かる。
だが係員も引き下がらない。というより、ここで納得させられなかったら戦闘神に殺されるため、引き下がれない。
「引き下がって下さいよ! 私の命がかかってるんです!」
「引き下がりませんよ! マーガリン、やっちゃえ!」
「うわわ、暴力反対!」
「まぁまぁ。待ちなって。全くもう」
蒼の攻撃にたじろぐ係員だが、ここでリリィが割って入る。
「アオイ。あんた一つ利点が生まれるのに気づいてないわね」
「ああん? 相手がリリィさんと言えども、私は騙されませんよ!」
蒼がリリィに向かって凄む。だが、悲しいかな期待したほど凄みが生まれない。
リリィが続けて諭す。
「いいから聞きな。例えば第一試合をやって、負傷したとする。あんたは医務室に行くわよね?」
「当たり前です。破傷風とか御免ですし」
「もし重症だったら、次の試合見れないわよ? 決勝の相手の、直近の試合を」
「……あ」
「第二試合で重症を負っても、治療すれば戦える状態であればいくらでも待って貰えるわ。あの戦闘神なら間違いなくそうする」
「確かに……」
蒼は相手の情報を少しでも仕入れて、分析できるだけ分析して試合を有利に運ぶタイプだ。
次の相手の直近の試合を見逃したら、優勝の確率は一気に下がる。前日の学の試合だって、骨にヒビが入っている状態でも観戦しに来ていたのだ。
リリィの説得に、蒼は折れた。
「……しょうがないなぁ。一つ貸しですよ?」
「私に貸さないでよ。遅刻者に貸しな」
「ちぇっ」
「では、その様に!」
去っていく係員に手を振った後、ふぅ、と一息つくリリィ。
リリィは涙の跡の残る顔とは裏腹に、驚くほど冷静だった。今朝の学との一件があったにも関わらず、既に戦闘モードに切り替わっている。
これなら、今すぐ試合をやっても勝てる。魔女は自分のコンディションを、そう判断したのだ。
「ってなわけで魔人さん。よろしく」
「ふっ……」
「何よ」
ダヴールがリリィに歩み寄る。
「余計な事をしてくれたな」
「やっぱりアンタが仕掛けたのね。その図体で、なかなかコスい真似するじゃない」
「奴はこの場にふさわしくない。無駄を省いただけの事」
「ま、私には彼がどうなろうと関係ないけど……あんたは気に入らないわ」
リリィがダブールの腹を杖で小突く。その挑発に、ダヴールは腹筋の硬さでもって応えた。
「せいぜい全力で来るのだな」
「昨日の私が全力だと思わない事ね」
二人は舌戦を終えると、互いのコーナーへ移動していく。
一人残された蒼は、愛犬の毛を撫でながら溜め息をつく。
「二人とも潰れてくれると一番楽だねぇ、マーガリン?」
こうして、準決勝第『二』試合が始まる運びとなった。




