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第75話:特別な事情

 その日のレストランでは、三人の人物が食事をしていた。

 学、リリィ、戦闘神トーレスの三人だ。


「凄いメンツだな……」


 重い空気が流れている。

 全員が生傷を負っているので、ギャラリーは皆気を使って近づかない。


「……」


 しかめっ面をしながら食事を続ける学に、リリィがもじもじしながら話しかけようとする。


「あのさ、ホー」

「法龍院学よ」


 リリィの言葉を、戦闘神の野太い声が遮った。

 閉口するしかない魔女は、どことなく縮こまって見える。


「何でしょうか、戦闘神様」

「貴様の試合は見ごたえがあったぞ」

「それは……光栄です」


 戦闘神は、チラと学の左手に目をやる。


「勿体なかったな、その怪我は」

「関係ありません」

「ほう?」

「この怪我を言い訳にはしないという事です」


 その答えに戦闘神は満足した様子で、学の肩に手をおいた。

 その人間とは一線を画した握力に、学の肩が竦む。


「むっ……」

「安心したぞ。明日も力と力、技と技の勝負を期待している」

「はっ……」


 頭を垂れる学を置いて、食事へ戻る戦闘神。

 そのあまりの格の違いに抵抗して見たくなったのか、学はその背中に質問をぶつける事にする。


「ところで」

「何だ。人間風情が神たる余に意見するか?」

「滅相もございません。が、一つだけ」

「一つだけならば許そう」

「ありがたき幸せ。戦闘神様は、異世界の事情にもお詳しいと聞きました」


 『異世界』。それを口にした学を見て、戦闘神がニヤリと笑う。

 まるで、その言葉を待っていたかのような……。


「ああ、余は別世界の事も存じておるぞ。偶に『遊びに行く』事もあるぐらいだ」

「では一つ……」

「ならぬ」


 学の言葉は、光り輝く掌で封じられた。


「異世界の知識は禁忌なのだ。下界の者に教える事はできぬ。特別な事情が無い限りはな」

「……」

「余はもう戻る。やはり下界の食は口に合わぬわ」


 戦闘神はフォークを机に刺すと、委員が用意している自らの寝床へ向かった。


「特別な事情、か」


 学の目が爛々と光っていた。


 ***


「どうしよっかね~」

「ワウ……」


 馬車の中で愛犬に語り掛けるのは、闘技場から帰宅中の織原蒼である。

 左腕のヒビの痛みもあるが、悩みの種は勿論、明日の戦略である。


「学さん、かぁ。最悪の相手ね」


 フサフサの毛並みの肌触りに癒されながらも、不安は払拭できない。

 蒼は、相手の動きを情報化して立ち回るタイプ。

 だがこの戦術は、相手による有利不利の変動が激しい。


 今まで戦って来た二人は、どちらかと言えば鈍重なパワータイプで、動きが見易かった。考える時間も十分にあった。

 だが学は違う。体術家である彼のスピードはマルカーノやトーマスの比では無い。

 蒼に予知能力があったとしても、学が竜騎士ショウに見せた様な目にも留まらぬ連撃を繰り出してきた場合、情報量に押し潰されてしまうだろう。(もっとも、ショウが上って来てもその問題はついて回ったのだが)

 ショウに情報を流してしまった事もあり、心情的にもやり辛い相手である。


 だがスピードよりも更に重要な問題がある。件の遠未来予知だ。


「私が、学さんを殺す……そうなってしまう」


 遠未来予知は外れた事がない。つまり、蒼が勝つと言う事は、学を殺すという事に繋がってしまうのだろう。


「ふぅ~」


 オムニバスの天井を見上げる蒼。

 ダヴールの言葉が蘇る。


『殺さない様にするには、完封してしまえば良い。君の『それ』なら、できるのではないかな?』


「使う、かぁ……人名が懸ってるしね」

「ワウ……」

「運転手さん、ここで止めて」

「えっ、ここで!?」


 蒼は、真っ暗な森の入り口で馬車から降りる。


「少し、慣らしておかないと。そうすれば明日は……」


 眼の色が変わる。


「私の圧勝で終わるよね!」


 ***


 食事を終えた学であったが、正直味など覚えていなかった。

 竜騎士に散々斬られ、突かれた体が軋み、味わう事を許してくれなかったのだ。

 大会委員から豪勢な食事を提供されるものの、正直どれも紙を食べている様な味にしか思えなかった。


 ――あと二試合。キツイのは自分だけではない……。大丈夫だ。


 用意されている部屋に戻り、ドアノブに手をかけ、差し込んだ鍵を回す。

 すると、開錠ではなく施錠の手応えがあった。


「……開いてる」


 鍵の閉め忘れをする学ではない。侵入者がいる事を意味していた。

 緊張の面持ちでドアを開けたが、犯人が分かるとすぐに弛緩する。


「ヒック、あら、ホー君おかれりー」

「れりー、じゃないですよ。なぜ僕の部屋にいるのか、どうやって鍵を開けたのか、何のために僕の部屋で一杯やっているのか。全部答えて下さいよ」

「んにゃー」


 リリィはだらしない格好で、顔を真っ赤にして学のベッドに寝転がっていた。

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