第74話:残された愉しみ
試合は終わった。真っ二つに切り裂かれた魔王だが、流石に魔族と言った所か。
まだわずかに息があった。
この程度で死んでいては、魔王など務まらないとでも言わんばかりだ。
「やられたぞ。杖の中に神通力を残していたとはな。やたらブン投げていたのも、星屑を吸いつかせるためか?」
「まあそんな事はいいとしてさ。アスカリオ、アンタとんでもないわね。こんなにしてもまだ生きてるの?」
「ふっ……ふふ。勇者の仇討ち、と言う訳か。さぞ満足であろうな」
「勘違いしないで欲しいわ。人のために戦うなんて、反吐が出る。私が戦ったのは、自分の最強を証明するためよ」
「ならばトドメを刺せ。この魔王の心臓に」
「はぁ?」
その言葉は観客にも届いていた。
確かに魔王は、生かしておけば今後世界に仇成す存在になるかもしれない。
そう考えれば、今魔女に殺して貰った方が……。
「殺せ、魔女!」
「今なら殺せるだろ、チャンスを逃すな!」
「勇者様を殺した憎き魔王、殺してェ!!」
「殺せ」「殺せ」「殺せぇぇ!!」
一人の叫びが伝播し、群衆の殺せコールに発展する。
数年前、危うく魔族に支配されかけた経験を持つ人々による、懇願であった。
しかし。
「はぁ、アホくさ」
またしても観客の声援に応えず退場しようとするリリィ。
「待て。トドメを刺さぬのか」
「疲れてんのよ。何か文句ある?」
「魔王が生きているのだぞ? 生きていればまた災厄が降りかかるとは考えぬのか」
「私は殺すつもりで唯一式を打ったのよ。そんで生きてるんなら仕方ないわよ。それに……」
「何だ」
「心配しなくてもその体じゃ、あんたはもう再起不能よ。回復魔法なんて都合の良いシロモノはこの世界に存在しないし」
その事は、誰よりもアスカリオが分かっていた。骨ごと神経を完全にぶった切られた今。もう自分では、立ち上がる事すらできない。
「例え魔王でも、そんな状態の奴を殺したんじゃ夢見悪いし、何より廃るのよ」
「廃る?」
「私の、魔道が」
切裂かれたローブを翻し、魔女が去っていく。
「おいおい! 魔女がトドメ刺さずに帰る気だぞ!?」
「ふざけんな! やっぱり魔女も悪側かよ!」
そしてアスカリオは、完全に敗北を認め、空の蒼さに感じ入る。
「そうか。この清々しさは……我が魔道の終焉、か」
***
頭からの出血でフラつきながら通路を歩くリリィ。その視界に、学とレイムルが入る。
「凄かったわよ、リリィ。流石、討伐軍のエースね」
「ふん、おだてたって何も出ないわよ」
「ほら、ホウリュウイン君も何かあるでしょ」
「ここまで来たらリリィさんも敵ですから」
「……ま、そうね」
「そんな事言って、このー」
学を小突くレイムル。この短時間でそんなに親しくなったのだろうか。
その様子を見て、リリィの中で何かが沸き上がった。
「だ、駄目よ!」
「うおっと!?」
二人の間に割って入るリリィ。その様子を見て、レイムルは悟った。
「あ、そういう……」
「痛っ、脇腹が」
「何やってんですか。僕はもう医務室に戻りますよ」
「あっ、待っ……痛っ」
去っていく学を追いかけようとしたが、脇腹の痛みから立ち止まるリリィ。
それを見詰めるレイムルは呆れ顔だ。
「ほんと、あんたって人が良いよ」
「はぁ!? 何が!?」
「トドメを刺さなかったの、王女様のためでしょ。あんたにルネサンスの仇討ちされたら立つ瀬がないからね」
「そんなんじゃ、ないわよ……」
――本当に良い子だわ、リリィは。
口からは悪態しか出てこないけど、無意識に気を配っている。これは、天性のものかもしれない。
「一つ教えてあげるわ、リリィ」
「何よ」
「彼、あんたの事。綺麗だって言ってたわよ」
「えっ、私を、えっ!?」
あたふたするリリィを見てニッコリ笑うレイムル。
リリィよりも可愛い生き物を、彼女は知らない。
――本当はあんたの神通力が綺麗だって話だけどね。黙っておこう。
***
リリィが去った後の会場はざわついていた。
戦闘神トーレスが、動けない魔王に歩み寄ったからだ。
「立てぬのか」
「面目ありません」
「ふ、まあ面白い物を見せて貰った」
労いの言葉を贈りつつも、顔は笑っていなかった。
観衆に緊張が奔る。
「やるものだな、人間も。魔族の長にたった一人で勝つとは」
「清々しい、戦いでございました」
「そうか。では、心残りもあるまい」
「御意に」
そう言うと、戦闘神トーレスは……魔王アスカリオの胸部を、思い切り踏み抜いた。
黄金色に輝く神の細胞と、暗黒に包まれた魔族の細胞が飛散し、会場に降り注ぐ。美しいコントラストであった。
そしてリリィに切裂かれてもまともに残っていた心臓部は、完全に破壊された。
「期待しておったのだがなぁ。血沸き肉躍る魔族と人間の戦争を」
溜め息を吐く戦闘神。そして目線を、魔女の去っていった方角へ向ける。
「まあ良い。まだ愉しみは残っておる。『奴』が、上って来てくれればな……フッフ」
ここに、二回戦全ての試合が終了したのである。




