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第73話:剣

 リリィに残された体力は残り少なかった。

 精々、全力で杖を振れるのは残り一回。それを終われば、肋骨に受けたダメージで動けなくなるだろう。


 だが、元々体術で勝とうなどと思っていない。

 母が死ぬ前は研鑽を積まされた。しかし母が死んでからは、自分の意志で研鑽を積んで来た。

 魔女らしく、強くある事だけが、自分の人生に意味をもたらすからだ。


 頭部からの出血が、意識を白黒させる。

 だから、一撃。一撃に意識を集中させる。


 ――それが終わったらぶっ倒れてやるわよ。


 左手に構えた杖で、魔王との距離を測る。

 駆け引きのつもりであった。


「甘いな。その体格差で、駆け引きが成立すると思うか」


 戦闘神のその独り言を聞いていたかのように魔王は魔手を発射する。

 神威を使わないと分かった以上、待つ必要はない。力で抑え込む気である。


 ――かっ、駆け引きは!?


 口に出す間も無く、次々に地から生えてはリリィの襲い掛かる黒い魔手たち。

 リリィは最小限の動きでそれをかわすが、回避にリソースを割いている状態で攻撃などできない。

 せっかく一撃にかける覚悟をしたのに、防戦一方ではいずれ捕まって終わりである。


 それでは、納得がいかない。何より自分が納得できない。


「だったら、捨て身でやってやるわ!」


 防御を金繰り捨てて、掌に神通力を浮き出させる。

 その瞬間に、魔手に脇腹をキャッチされた。


「関係ないわよ! 蒼魔法……」

「させぬわ。『闇籠』!」

「えっ」


 またしても闇の焼売が発動する。リリィは魔手に捕まれたまま、真っ暗な空間に独り閉じ込められる。

 もう、ジャンプして緩い上部をこじ開ける手は使えない。使ってしまえば、そこで体力が尽きる事ぐらい、リリィには自覚があった。


 ならば。もう闇の壁ごと、魔法で穿つしかない。


 ――蒼魔法、第拾陸式……!


青龍波ドラッグオンウェイブ!」


 上下に重ねられた両の掌から、青い波動が発生する。

 二つの波動が捻じれながら進むその技は、貫通力に富んだ大技であった。


「いけぇぇ!!」


 最後の賭けに出たリリィ。

 闇籠が突き破られ、視界が晴れる。

 波動は捻じれながら魔王へと飛ぶ。アスカリオは両手を前羽に構えた。

 これを防御しさえすれば勝利。それが分かっているのである。


「来たな魔女よ! 我が全身全霊を持って受け止めようぞ」

「貫けぇぇ!!」


 魔王は両手から、神通力のシールドを展開する。青龍波と、魔王盾シールドがぶつかり合う。


「ぬおおおお!!」


 圧される魔王。二年前の拾伍式の更に上を行く拾陸式。

 シールドに、小さく小さく穴が空く。このまま貫けば、リリィの勝利である!


「お願い、そのまま行って!」

「……」


 レイムルが嘆願する。学は黙って目に焼き付ける。

 離れて見ていた蒼やダヴールも、同じ行動を取った。

 戦闘神は、肘を頬について笑う。


「させぬ! させぬわぁ!!」


 遂に破られるかに見えたその時、魔王は全魔力をシールドにつぎ込んだ。

 シールドの膜が更に一段厚くなり。


 そして、青龍波は、その方向を変え空に溶けて行った。


「あああ……」

「魔女よ、よく戦ったぞ。返礼に、引導を渡してやる!」


 魔王が剣を携えて、リリィに迫る。杖を脇に抱えて、片膝をついたリリィ。


 ――策は、尽くした。


 リリィの視界に学が入る。顔を覆うレイムルの横で、目を逸らさずに、自分を見ている。


 ――また、君と話をしたいな。


 リリィの顔に、振り上げた魔剣の陰が重なる。


「さらばだ魔女よ! 蘇れたなら、再び戦おうぞ!」


 そしてリリィが一刀両断されるその刹那。


 リリィの杖から、蒼い閃光が奔った。


「蒼魔杖、唯一式……」

「貴様!! その杖に、最後の神通力を!?」

「うおぉぉおお!!」


 杖術の振り下ろしに、蒼い閃光がフォローする。

 それは、美しい蒼魔力に彩られた……。


 剣であった。


「がああああッ!!」


 魔王の皮が、肉が、骨が。一刀両断の元に、二つに斬り分けられる。

 アスカリオの断末魔と共に、リリィの肋骨もここで限界を迎え、座り込む。


「私が……」


 痛む肋骨に無理をさせて、魔女の声が轟いた。


「私が、最強だ!」


 戦闘神が、静かに拍手を始めると、それがジャッジの合図となった。


「勝者! 魔女リリィ・リモンドォォォ!」


 もはや魔女だろうと関係はない。万来の歓声が、最高の戦いへ送られた。

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