第72話:勝たなくていい!
「なぜお前は世界を征服しようとした」
「魔族と人間が相容れないからです」
戦闘神は、一命を取り留めた魔王アスカリオに尋ねる。アスカリオもまた、信念を持って世界征服を行っていたのだ。
だが、トーレスの欲しい答えはそうではなかった。
「違う。戦いを始めた理由を聞いているのではない。なぜ終わらせようとした」
「……仰る意味が」
「世界征服などしたら、貴様に逆らう者はいなくなる。それは即ち『平和』だろうが」
「……?」
確かにそうだが、それの何が癇に障るのか理解できない。
「終わりなき闘争を愉しめ。それが我からの命令だ」
「しかし私にはもう手下がおりませんぞ」
「数年後、駒が揃ったらある武道大会を開く。神の座を賭けてな」
「……なんと」
「貴様、そこで優勝して神の力を手に入れるがいい。そして後は好きに致せ」
魔王ですら、耳を疑う神の言葉。このトーレスという神は、平和をとことん嫌っているという事らしい。
――戦いを、愉しむ。か。意識などした事はなかったが。
魔王たる自分は、常に圧倒的力で勝って来た。愉しみなど有りはしない。
あるとすれば、魔王討伐軍へのリベンジか。
「あなたの言に、従いましょうぞ」
「それでよい。戦争とは、特に拮抗した二つの勢力がぶつかり合い、滅ぼし合う様は、本当に見ていて愉しいからな」
「……」
「色んな世界の戦争を見て来た。此度のお前達の戦争も美味であった。期待しているぞ。魔王アルカリオよ」
「はっ……」
***
「終わりだぞ、魔女リリィ!」
黄金色を帯びた魔王の大剣に、リリィの蒼魔法は遂に圧し切られた。
観客席へ、放物線を描いて吹っ飛ぶ。
落下地点に座っていた観客が避けていく。そして何もクッションの無い石席に、激突する。
「がふっ」
死に体で受け身など取れはしない。後頭部の強打を避けるため、申し訳程度に体を捻ったが、しっかりと衝撃を受けてしまった。
呼吸が止まる。石と砂のざらつき皮膚が切れる。
頭部からの流血は、誰の目にも分かる重症だ。
それでも、何とか立ち上がり闘技場へ戻ろうとする魔女。
「もういいよ!」
レイムルが叫ぶ。リリィは無視して歩む。
「勝たなくていいのよ! 『あんたが勝たなくても大丈夫』なのよ!」
「私が……」
リリィが手を翳すと、磁石の様に杖が戻って来る。同種の神通力が惹かれ合ったのだ。
魔女はまだ、やる気である。
「私が……最強なのよ」
「その意気や良し」
「うっ!!」
暗魔法の魔手が再びリリィを拘束する。そして自身の光の拳が、リリィの腹を殴る。
「ぐふっ」
「殺す気はない。このまま墜ちるまで続ける」
「ざっ……けん……な」
「お前からの復讐を愉しみにしているぞ」
序盤のリリィの優勢は、完全に覆された。忌々しい闇魔法の拘束を解く体の力はもう無い。
敗北へのカウントダウンが始まる。魔王はリリィの頸動脈を、片手で絞めあげる。
「フィニッシュ、七秒前だ」
「ぐる、し……放せ……」
「貴様のせいで、全身大火傷だ。愉しめたという事だ。誇れ」
「お母……さ……」
「たった一人で、この魔王をここまで追い詰めた」
薄れゆく意識の中で、リリィは思う。
もう残された手は、一つしかないと。
「あと五秒だ」
「神……よ……力を……供物は……」
「何!?」
「供物は……私のッ!」
「貴様、まさか!?」
魔王の脳裏に、勇者の最終技が浮かび上がった。
自身の半身を焼き払い、敗北寸前までに追い詰めた技。
「まさか、リリィさんは」
「リリィ、それはダメーーッ!」
レイムルの叫びが、魔王の不安を決定づけた。
――この女、神威を打つ気だ!!
魔女は、最強を示す事が使命。負けるくらいなら、喜んで相討ちに持ち込む一族。
それを、数百年の齢を持つ魔王は知っていた。
咄嗟に、リリィから手を離す魔王。零距離でもう一度神威を受ければ、間違いなく自分は死ぬ。
その危機感が、彼に距離を取らせた。
その瞬間、僅かに魔手の拘束も緩み、体を捻って脱出するリリィ。
「ゲホッ、ゲホッ!」
そして、咳き込みながら神に続きを告げる。
「私の、髪よ!」
星屑の手刀で、長い後髪をカットしたリリィは、宙に投げ渡す。
青空に溶け込むような、透き通った青髪だった。
そしてそのまま、神に受理されて消えていく。
「何!? 神威ではないのか!?」
「引っかかってやんの! 誰があんたなんかと相討ちになるもんですか!」
「小癪な!」
「慌てるな!」
「む……」
リリィは落ちて来た神通力を右手でキャッチすると、杖を頭上で振り回し、眼前でピタリと止める。
その所作を見ていた法龍院学は、彼女の覚悟を悟った。
「最後の、一撃か」
「これが、最後の一撃よ」
次で決着が付く。観客と、戦闘神が身を乗り出した。




