第70話:青き炎
「凄い……あんな事になるんだ」
法龍院学は、昨夜リリィの神通力を目にしている。
だが、昨晩のそれとは明らかに違った。
力ではない。色が違う。
「なんて青々として神通力だ」
「長時間、魔女の魔力回路に留まった神通力はね。蒼く着色されるのよ」
「蒼く……」
「あれほどまでに綺麗な神通力は、ちょっと他ではお目にかかれないわよ」
「ええ、今まで見た誰よりも……美しいです」
学は美よりも実用性を優先する性格だが、彼を持ってしてもリリィの神通力の美しさは認めざるを得ない。
まるでクリスマスツリーのイルミネーションの様に、魔王の暗闇にリリィの青が映えている。
観客のヤジも、その本物の美の前に止んでしまった。
***
「それが見たかったのだよ、美しい魔女よ」
「寒気がするわ、あんたに言われても嬉しくない」
神通力を使って魔手から脱出したリリィだったが、内心は煮えくり返るほどの悔しさに満ちていた。
――こんな序盤で、使ってしまうとは!
魔王は最後まで全力を隠したまま勝てる相手では無い。そんな事は分かっているが、自分の不注意からあの魔手に捕まらなければ、もう少し隠しておけたのに。
今更な思いが、リリィの頭に浮かんでしまう。案外、切り替えの下手な女なのである。
『輝きながら死ねるなら本望!』
その時、ふと勇者ルネサンスの最期が脳裏に蘇る。
――そうよね。この戦いで力を温存しようなんて……勇者への礼を失するわ。
魔女の腹は決まった。この戦いで、出し惜しみはしない。
仲間の最期を、勝利への一手へ昇華させるために。
「思い出すな、二年前の戦いを。あの時の神通力よりも、今の方が味があるぞ」
「喋るな魔王。私に本気を出させて、ただで済むと思わない事ね」
そう言うと、再び青の光がリリィの掌に宿る。
――蒼魔法、第陸式。
「せぇっ!」
気合い一閃、槍状に変化した神通力が、魔王の頬を掠めた。
「速い!」
「何だ、今の魔法!?」
そして間髪入れずに次の技に入る。魔王は腕をクロスさせて、最低限のガードの構えを見せる。
「甘い! 第八式!」
掌から放たれた広面積の魔法は、ガムの様に魔王に張り付いて身動きを封じて見せた。
「むぅっ」
「さて、お見舞いするよ!」
動きを封じれば、悠々と間合いを詰められる。
遠くから投げれば野球のボールの威力も落ちて行く様に、魔法にしても遠間であればあるほど威力は落ちる。
つまり間合いを詰めれば、強力な威力を保ったまま魔法を放つ事ができるのだ。
――整った。……私の神通力を、この一撃に託す。
リリィは両手を脇に構え、神通力を肥大化させる。
「蒼魔法……」
「魔女め、何をする気だ!」
「拾伍式!」
それは青々とした、炎の波動であった。
赤の炎より、ずっと温度の高い青の炎。動きを封じられたアスカリオには、防ぐ術がない。
今までずっと余裕を見せて来た魔王。しかしこの大魔法の威力は、彼から遂に余裕を奪って見せた。
「ぬっ! こ、この威力は!?」
「お前の半身は既にルネサンスに焼かれている! 耐えられないよ、この技は!」
「おおおぉおッ!!」
「燃え尽きろ魔王! 今度こそ、私の青炎で!」
――そうか、これはあの時の魔法か!
二年前、魔王を倒した技こそがこの第拾伍式だったのだ。
魔女の膨大な神通力が尽きるまで終わらない、美しさに反比例した凶悪な魔法。
その熱さを、痛みを、アスカリオは覚えていた。
「いける! 勝ちなさいリリィ、私と勇者の分まで!」
レイムルが叫ぶ。その全ての状況が魔王にとってのデジャヴを生み……。
「思い出した……」
そして、魔王の体が……。
「思い出したぞ、あの時の苦しみを!」
金色に発光を始めたのであった。
その怪現象は、攻め手のリリィに衝撃と不安を与えた。
「な、何なのこの光!?」
「……そうだ。その為に生かした事を忘れるな」
静まり返る客席の最前列で、戦闘神は独り、不気味に笑う。




