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第64話:怪力

初めてナイフを持ったのは、5歳の時だった。

父親の生業が、暗殺業だった。父親の仲間もそうだった。母親はいなかった。


だから、クライドは殺しが悪い事だと知らずに育ってしまった。

殺し屋はレストランのシェフや、スーパーの店員や、幼稚園の先生等と同等の、真っ当な職業なのだと。ずっとそう思って生きて来た。

まともな教育など受けた事はない。青春期を過ぎてから今までこなして来た事が実は悪事だった、と言われてもピンと来なかった。

だから殺し続けた。依頼が来る度に、業を増やしていった。実の父親を殺す以来が来た時も、躊躇なく殺った。


だが、その殺し業も三十年を過ぎると、逆に狙われる立場にもなる。

クライドは、あまりにも有名になり過ぎた。漏れなく返り討ちにしているとはいえ、一ヵ月に最低でも5人と戦う事になる状況。

もちろん負ける気などしない。烏合の衆がいくら押し寄せようが、全員殺す自信はあった。


一方で、いつかは敗けるとも思っていた。そしてその時に死を迎える事も、容易に予想できた。

だから彼は、神を目指す。終わらない殺しの輪廻から逃れるために。


***


ダヴールは勝負を急ぐ。

毒の効果を確認できた瞬間、勝負あったと思った。普通なら、そのまま死ぬはずだからだ。

だが信じられない事に、ダヴールは回復してきている。解毒薬を飲んだかのようなV字回復。既に片膝で平衡感覚を保てるようになっている。


――このまま待っていたらアドバンテージが消える!


ダヴールは完全には立ち上がれない。接近は容易だ。そしてククリナイフの威力に任せて、凶刃を乱舞させる。


右から振り下ろす。左から横に薙ぐ。様々な方向から入刀していくクライド。

対するダヴールは出血しながらも、神通力を働かせて致命傷を防いでいた。この間にも彼は回復していく。


「逆転はさせない!」


心臓を突き刺しにかかるクライド。流石にこれを決められてはダヴールもただでは済まない。

しかし暗殺者の目に飛び込んで来たのは衝撃の光景であった。

突き刺した筈の刃は、魔人の両手で挟まれて、止められた。


「真剣白刃取りィ!?」

「しかも突き刺しに対して!?」


だが、挟んで終わりでは無い。クライドはそこから心臓へ刃を届かせようと押す。ひたすら押す。

その力みから体が震えるほど、全力で押していた。しかし刃は一ミリも動かない。

まるで壁を押している様な無力感……。


「ちっ!」


撤退を決めたクライドは刃を引っ込めようとする。

しかし、引く方向にも刃は動かなかった。


「放せ!」

「抜いて持っていけばいいだろう?」

「ぬおおおお!!」


左脚で側頭部に蹴りを入れる。確かにテンプルに当たったが、それでもダヴールはナイフを放さない。

右のロー。放さない。左のミドル。放さない。


「フンッ!」


そして遂に力の方向が変わったかと思うと、クライドはナイフごと空中に持ち上げられた。


「失せろ」

「なっ!?」


ナイフは、ダヴールの手に残ったまま。クライドの体だけが、瞬間移動の様に壁に激突していた。

魔人が腕を振り回した。それだけで。


「人間じゃねぇよ、あれ」


観客がボソリと呟く。反論はどこからも出てこない。

魔人とは、人を超越した存在なのか。


「ククク……流石ですよ、ダヴールの旦那」

「ほう、未だくたばらないか」

「やはり、殺人術だけではあなたには及ばない様だ」


クライドは立ち上がる。ダヴールは悠然とそれを見つめていた。追い討ちは掛けない。

力を全て出させ切って勝つのが、魔人の流儀。それをクライドは分かっていた。


「出させて貰いますよ、全力を」

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