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第63話:何でもアリアリ

 武闘家の考え方には二種類ある。

 一つは決められたフィールド内で発揮できる強さが全てと考えるパターン。

 もちろん競技者としてはこちらが正しいし、ここから逸脱してしまうと本質的な強さがぼかされて、つまらなくなってしまう。


 しかしクライド・クライダルの考えるもう一つの強さは、闘技場外にこそ本質があった。

 弱者でも強者と互角以上に渡り合える術。少し違うが、卓外戦術とでも言うべきか。


 相手との実力差を逆転したと確信した時、彼はようやくフィールド内で活動を始める。「それまでは絶対に仕掛けない」というルールの徹底こそが、彼が最強たる由縁である。

 目突き・金的・武器アリだけではない。更にその上、『何でもアリアリ』。それがクライドの戦い方なのだ。


 そして彼が今回使った物こそが、その中でも更に最強の……。


「毒か」


 ダヴールも正体に気づいていた。

 正当な、戦っての殺しに見せかけて、その実これは暗殺に近い。

 ダヴールの足元がよろめく。手に持っていた盾をも落とす。立とうとしても、地平線が追いついて来るこの感覚。『立ち方が分からない』。


「そうか、このための奇襲だったのか」

「ご名答」


 クライドは試合前の奇襲で、苦無と弾丸にそれぞれ毒を塗り込んでいた。

 ダヴールは神通力で防御していたとはいえ、ある程度生身にそれを喰らった事になる。


 腕と脚から毒が混入し、ここまで時間をかけて全身に回り切ったのだ。

 ダヴールは奇襲の目的を単に序盤で差をつけておきたいからだと考えていた。しかし真の目的は毒の混入……完全に見誤った。


 それが目的と気づかせない、埋伏の毒。これがクライドの狙いであった。

 だが誤算はクライドの方にもある。


 ――効いてはいる。だが、顔色が一切変わらない……。


 毒が効いているかどうかのバロメータは、顔面に現れる。

 クライドの使用した毒は、10分で顔が青白く変化し、その後に腫れて来るというモノだった。

 だが、ダヴールの顔面に一切変化はない。それどころか無表情で、苦しみすら見受けられない。

 ただただ、よろめいているだけだ。


「旦那。あんた、毒の経験は」

「さあな」

「まあ、言う訳はありませんわな」


 そう言うとクライドは接近し、膝で立っているダヴールの顔面に蹴りを放つ。

 ダヴールは両腕を縦に使い、それをガードした。


「目は、見えているか……」

「ふっ、お前が期待したほどの効果はないという事ではないのか?」

「……」


 クライドは、無言で下段蹴りを続ける。意識を足に集中させ、狙うのは……。

 ククリナイフでの額割りだ。盾の無いダヴールにはかわす術はない。

 確実に決まる筈の攻撃であった。


「シッ!」


 しかし、そのナイフは額に到達しなかった。神通力のガードが、磁石の同極同士の様にナイフと額を反発させ合っている。


「フンッーー!」


 ダヴールは遂に、神通力でクライドを吹っ飛ばした。受け身を上手く取ったクライドにダメージは無いが、観客はその神秘的な技に沸いた。


「状況は変わらない。あんたはそこから動けないじゃないか」

「果たして……そうかな?」


 ダヴールは先程、明らかに平衡感覚を失っていた。しかし今は、片膝を地面に着いて立とうとしている。


 ――そんな、馬鹿な事があるのか!?


 青筋を立てたクライドは遠距離からククリナイフを投擲した。

 その凶刃を、ダヴールはまたも神通力で弾き飛ばす。放物線を描いて、何とクライドの足元までナイフが返って来たではないか。


 ――まだ……まだ、俺が有利だ。


 ここからは時間をかけるだけ有利が減っていくと判断したクライドは、再び距離を詰めるのだった。

 接近戦の勝負になる。

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