第60話:一人は、自分のために
「詠唱ではなく、徒手空拳を選ぶか」
ショウは頭上で槍を回転させると、地面に槍の柄を突き立てる。
彼のルーティーンである。石突が蹴り割られても、槍はまだかなりの長さを保っていた。
「いいだろう。最後の勝負だ。ホウリュウイン」
「スゥゥ……」
息を思い切り吸い込む学。ショウはまだ、距離を詰めない。
いや、詰める必要がない。竜騎士が遠間から先に動いた。
「銃刺!」
先程と同じ、貫通系の風魔槍。これを喰らえば、学はチーズの様にくり貫かれてしまう。
勝負は決まったと、誰もが思った。
しかし学は冷静であった。両腕を深くクロスさせると、一呼吸を吐くタイミングを、しっかりと見極め……。
「フンッーー!」
星屑の神通力により強化された左の中段内受けが、風魔を弾き飛ばした。
「ぼ、防御できるのかぁ!?」
「うおおっ!? こっち来た!!」
軌道の変わった魔槍に焦り、観客が慌てて身をかがめる。魔槍は観客の頭を掠めると、勢い余って空へ消えて行った。
「凄い……本当に凄い武術家だな、君は」
「コォォ……」
ショウからの賛辞に一切反応しない学は、息を吐いて呼吸を整える。
だが学は、そしてショウも気づいていた。今の一撃で、二人とも後が無くなった事に。
学の左籠手にはヒビが入った。
ショウの神通力は残り少なくなった。
「ここで終わりだ、ホウリュウイン」
「どちらかが、死にますね。悲しむ人がいますか?」
「いないさ。仲間も、師匠も皆死んだ。俺は、俺だけの為に戦っている。だから負けた時は、死ぬ時と決めていた」
ショウは前傾姿勢で槍を構え、対する学は後屈立ちで構える。ガードは前拳だけ、後拳は腰に回している。
二人は、お互いが何をやりたいか、大凡の考えを理解した。
どちらも、絶技を放つ事は分かっていた。『ベクトルの違う絶技』を。
「来るぞ、我の大好きな最高の瞬間、絶技同士のぶつかり合いだ……! 献上せよ、二人とも!」
戦闘神が身を乗り出している。その瞬間を目に焼き付けようとしているのだ。
蒼は神に、学の敗北を祈っている。
リリィとダヴールは、腕を組んで動かない。
「……いくぞ!」
「スゥゥ……」
学の呼吸音が、ショウの攻撃の火蓋を切る合図だった。
――風魔槍、……最終式。
「三銃刺!」
魔槍が学に向かって、一直線に飛ぶ。だが今度は単発ではない。風に包まれた二つの槍弾が、連なって向かってくる。
学は分かっていた。先程と同様に受けたのでは、間に合わないと。
「コォォ!」
息を半分吐くと同時に、向かってくる一発目を内受けで流す。金属音の後に、乾いた音が響いた。
――ビキッ。
この瞬間に、左の鉄籠手は完全に砕け散った。だがそれすらも意に介さない学は、二撃目の魔槍を、同じ左腕の中段外受けで迎え撃つ。
「カッ!」
インパクトの瞬間、左手の神通力がショウの風魔に押し潰され、小指の骨が軋みを上げて折れた。薬指にも亀裂が入る。
――知った事か!
その激痛を精神力で圧殺し、遂に二撃目も払い受けた。
「スッ!」
そして完全に息を吐き切った学は急いで息を吸い直す。
そしてその瞬間、眼前にショウ自身が現れる。三撃目は、自らの槍であった。
――取ったぞ、ホウリュウイン!
音速の竜槍が、学の顔面へ飛ぶ。
最後に信じられるのは、磨き抜いた己の武器。学はもう、左手を使えない。防御は、できない。
そしてショウの槍先は顔面に届く。
学の頬を切先が伝い、真一文字を刻んでいく。側頭部に到達すると、学の右耳が半分飛び散り、鮮血が舞った。竜槍は、横に抜けて行った。
二人は、スローモーションの中にいる様であった。
右足のつま先に力を入れる。足指、足首、膝へと力が伝っていく。そして、回転力のリレーが、温存した右拳を携えた腰に達した時。
学は、息を吐く。
「ソエェェェッ!」
星屑に包まれた右正拳が、竜騎士の人中を貫いた時、ショウ・デュマペイルの体は反り返りながら宙に舞う。
今度は、自分の意志ではない。
そして、ピタリと空中で動きを止めた。
残心を解かない学と、空中に留まり続けるショウが睨み合う。
やがて、学の方から構えを解いた。ショウはまだ、動かない。
学は、対戦相手に礼をして闘技場を後にする。観客は、まだ事の次第を理解できない。
「え、え?」
「ど、どうなったんだ?」
「ま、まさか、あれって……」
戦闘神が満面の笑みで右手を上げている。レフェリーへの試合終了の合図であった。
竜騎士は、空中で失神していた。無意識に発動させた最後の風魔法が、彼を空中に留まらせた……。
「凄い……」
「凄い、戦いだったよ」
「凄かったよ、二人とも!」
形容する言葉など無い。ただただ月並みの感想が飛び交い、万雷の拍手が降り注ぐ。
その感動に応える様にして、伝説の騎士の体はゆっくり降下して、地に臥せった。
「勝者、魔闘家ホウリュウイン・マナブ!」
リリィが顔を覆っている。ちょっぴり期待していた、予想外の事態であった。
――あの子は既に虎だった。だけど、私ったらもしかして……。
「翼を与えちゃった、かな?」
蒼はダヴールが腕を組む横で、頭を覆っていた。
「勝っちゃうんだ……そこ」




